あの山も風でとべる
プロローグ-O
「…さん、お願い…」
途切れがちに、誰かの声が聞こえる。
「…待っ…ください…」
自分を呼んでいるのだろうか。
意識を声の主の方へ集中させると、潤んだ瞳が視界に飛び込んできた。
「…おっ?」
思わず一歩後ずさる。
それは白い洋服に身を包んだ黒髪の少女で、いかにも儚げで可憐だった。
しかし見覚えはない。
人違いではないか、と口を開く前に、その少女は彼に縋ってきた。
「私じゃ、あなたの天使になれませんか…?」
鈴のように澄んだ声は震えていた。両の目に溜めた涙は、今にも零れ落ちそうだ。
あまりの必死さに、どうしたものかと答えあぐねていると、少女がスッとその身を離した。と同時に、輪郭がぼやけ姿が薄くなっていく。
「ちょっと…!」
少女はどんどん遠ざかり、灰色の背景の中へ消えた。