君に秘法をおしえよう
暁斗・以心伝心
師匠は道場を一旦閉じることにしたらしい。
正宗がいくらかの金を返してもらってきていた。残りはいずれ返す、暁斗にはまだ顔を会わせられないと師匠は言っていたそうだ。
小学校の時からずっと世話になっていた道場。折に触れ、ずっとオレを気にかけてくれた師匠とおかみさん。親に話せないことも沢山聞いてもらった。そんな師匠たちを、なんとか救いたかった。けど……オレは、やはり無力だった。
「おまえが責任感じる必要ないんだよ」
最近、すっかり入り浸ってる正宗は、オレ用に剥かれた梨をなぜか食べている。
「だって、おかみさんにも師匠にも、ホント世話になったんだ」
ほとんどの管が抜けたオレは、普通に話せるようになっていた。
「だからって、道場の経営は師匠の範囲だろ。師匠の範囲を越境しないほうがいいね、暁斗くん」
「えっきょう?」
「うん。人それぞれに責任の範囲があるだろ。師匠が責任とる範囲なのに、それを越えて暁斗くんが、ずかずかと責任とったら、それは越境行為だ」
「世話になった人に恩返しをしたい、って思っちゃいけないわけ?」
正宗はちらりと横目でこちらを見た。な、なんだよ、そのバカにしたような視線は。
どーも、こいつはサドッ気がある。色素の薄い肌と髪、瞳をしているから、柔らかな外見に騙されそうになるが、間違いなくいじめっ子体質だ。
「……いいけど……じゃ、俺が困ったら暁斗くんは助けてくれる?」
「えっ?!」
「助けてくれるの?」
ちょっと、顔近いって。至近距離3センチ。
「ははは……うっそー 俺は人に助けてもらうようなコトは滅多に起こらないから必要ないよ〜ん」
かかかっと笑いながら、正宗は、再び梨を口にほおりこんだ。オレ、完全に手玉にとられてる。
「でも、僕は暁斗くんを助けてあげるから大丈夫だよ」
「はぁ……ありがとうございます」
さらり、とものすごい事を言われた気がして、オレは心臓がどきどきした。なぜなら、オレがずっと求めていた言葉を、正宗はいとも簡単に言ったからだ。
父親がモノゴコロついた頃からいなかったオレんちは、ほぼシンブルマザー状態だった。いつだって、自分でがんばってやらないと誰も助けてなんてくれない。でも、心のどこかで誰かに頼りたい、助けてもらいた、って思っていた。
それは甘え……とかじゃなくて、もっと深い感覚で分かりあった状態というか……うまく言えないんだけど。
「暁斗はね、人の心が見えすぎるからしんどいんだよ」
「はぁ?」
「分かるでしょ? 人の考えてること、なんとなく」
「うん」
なんで、正宗こそ分かるんだよ。っていうか。
「正宗さんの考えてることは分かりません」
「そりゃ、そうだよ。俺を理解するのは、十年年早いよぉ」
変人だもんなー
「あ、今、暁斗バカにした」
「してないよ……へへ」
「いや、した。絶対、した。ナンだよ、何って思ったんだよ」
くすぐり攻撃にじたばたしていたら、後ろでナースが咳払いをひとつした。
「いちゃつくのは外でしてね。一応、病室なんでここ」
なんだよ、そのいちゃつくってのはっ!
「井倉先生から、お話があります」
主治医の井倉先生から話された内容は、結構、ショックだった。
オレは深刻な胃潰瘍だけでなく、肝炎も併発していた。だもんで、とうぶん安静はもちろんのこと、食事療法やストレス対策も指示された。
未成年孤児、一人暮らし、環境の激変…… モロモロで、生活のたてなおしからして、難題だった。
ああ、また正宗の家族に迷惑をかけてしまうなぁ……
特にオバさんには、食事づくりからして、ややこしいから、ホント悪いなあと思う。
しかし。
実際、正宗んちに行ってみると、そんなコトは大した問題ではなくなってしまうのである。
作品名:君に秘法をおしえよう 作家名:尾崎チホ