君に秘法をおしえよう
暁斗・守り刀
不幸うずまきを止めるのは『好きなこと』をするのが手だって、正宗は言ったけど、もう一つ効果的な方法があるのをオレは発見した。
それは『恋する』こと。
だと、思う。
この仮説は、ちょっと弱い。なぜなら、恋愛は、色んなパターンがあるから。そんでもって、幸せになる確率は結構低い(別れるカップル多いから)。発展性も低い(何を持もって一定のゴールとするかが曖昧・結婚はもう恋愛ではない)
でも、そんなこと分かっていて人は恋に落ちてしまうのかもしれない。
うずまきのナゾに気付いた人間は、どんな恋愛をするんだろう。今までと全く違う自分になっているので先のことが読めない。
今までの経験は役に立たない。
と、思う。今まで女の子と付き合ってきた経験はあるけど、よく分からないものが多かった。きっと子どもだったんだと思う。
今は、ぜんぜん違った感覚でどきどきする。初めて人を好きになったのかもしれない。
妙にハイテンションで、じっとしていられない感じで、このむずむずを何とかしたくて、オレは一生懸命、竹刀を振った(やっぱ、元気にもなるみたい)。
「熱心だね」
いつの間にかいた伯父さんが声をかけてきた。
「暁斗くんは、ずいぶん強いんだって? 正宗が感心していたよ」
「いえ、正宗のほうが、ぜんぜん強いです」
「正宗は、わたしたちに試合を見られるのが嫌みたいで、ほとんど戦っているのを見たことがないんだ」
「そうなんですか? なんでだろ? 優勝までしてるのに」
オレの問いに伯父さんは答えなかった。代わりに言ったのは意外なセリフだった。
「正宗の名前は、名刀・正宗から取ってつけたんだよ」
「え?」
「鎌倉時代に作られた名刀で、幻の刀って言われている。正宗にはおもしろい逸話があってね、もうひとつの名刀・村正と葉っぱを切る実験をしたんだ。
川に両刀を立てておいて、川上から木の葉を流す。すると、村正のほうはキレイにふたつにすぱり、と木の葉を切ったのに、正宗は、木の葉が避けていったんだ。正宗は相手に戦いすらさせない、ということだ。これは、ふたつ剣の特徴をよく現している。
村正はその後、妖剣と言われて徳川家に縁の人たちを多く切ったけど、正宗は孤高の存在として守りの刀のように存在し続けたんだ」
それは正宗自身の性格を現しているように思えた。正宗と初めて戦ったとき、彼の太刀筋は清浄でまっすぐな気が美しかった。決して相手を圧倒して倒すというのでなく、何か別の目的があって、こっちに対峙している感じなのだ。
だから、オレは戸惑った。自分の放った殺気がすべて自分に跳ね返り混乱したんだ。
「だけどね、実際に戦う宿命を背負った者が、守り刀でいるというのは、弱点に等しいんだよ」
「それは正宗が陰陽師とやっていくのは無理だってことですか?」
「いや、そうじゃない…… ただ、彼は邪念を扱う陰陽師として決定打に欠けるのかもしれない。悪には悪で対抗するのがこの仕事だ。それが彼には無理みたいだ。
私が彼の横で村正になれればいいと思う。……が、私はやっぱり則宗だった。則宗は菊一文字と呼ばれるくらい、天皇家とゆかりの深い刀だ。細身で優雅なだけで実地用には向かないんだよ」
伯父さんは何を言いたいんだろうか? オレが正宗の村正になれ、ってことなんだろうか? ……まさか、オレ、ぜんぜん霊感ないし、剣だって正宗に勝てないし。ありえないだろ。
「すまないね、こんな話して。わたし自身も、自分で何を言いたいのかよく分かっていないみたいだ」
「伯父さん、正宗は陰陽師にならなくちゃいけないんですか?」
その言葉に伯父はハッとしたように目を見開いた。ずっと悩んでいた心の声が聞かれたみたいに驚いた顔をして。
「いや……辞めたっていい。……いいんだ」
「オレ、陰陽師のことぜんぜん分からないけど、正宗はこの仕事が嫌なわけじゃないと思います。ただ、今までのやり方ではもうやっていけない、っていうか……全く新しい方法を見つけたいっていうか……今、すごく……模索してるんだと思います」
その言葉に伯父は心底驚いた顔をした。
「正宗はそんなことを考えていたのか?」
「はい。ずっと悩んでます。オレ、何か出来ればいいけど、何も出来なくて…… 悔しいけど正宗は全部ひとりで出来ちゃうんです」
「……いや、暁斗くんが来てくれて正宗は変わったよ。すごく明るくなった。今まで、暁斗くんほど正宗の心に入っていけた人間はいなかった。あの子はあの通り頭が良すぎて難しい。だから、わたしたちもどう扱っていいか、分からないんだ。
それに、わたしは暁斗くんが何も出来ないなんて思ったことないんだよ。今話しを聞いただけでもすごくやさしい聡明な子だと分かるよ。こんないい子を、鏡子はちゃんと育ててくれたんだな、って思った」
オレは泣きそうになった。はじめて母と自分が生きてきた道、ひっくるめて愛してもらえた気がしたから。
伯父さんは半泣きのオレの肩をポンポンと叩くと、「ありがとう」と言って、気をきかせて道場から出て行った。オレは鼻をすすりながら立ち上がった。そして竹刀をぐっと握り締めた。
オレ、強くならなくちゃ。
今まで考えてきた『強さ』でなくて、自分の弱さ、助けを必要とする部分をちゃんと認めたうえで、周りの人たちを愛していく、その『強さ』が必要なんだ。
そして、正宗にふさわしい自分になりたい。それは、無理をしてるとか背伸びをしてる、とかじゃなくて、そうすることが楽しそうだから。正宗の隣に対等に立っている自分がきっと好きだから。
まずは
勉強しよう。
気になること全部!
作品名:君に秘法をおしえよう 作家名:尾崎チホ