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君に秘法をおしえよう

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正宗・疲れた子ども2



「いじめられたって言うんじゃないけど、一時、陰陽師の修行が辛くて、起き上がれなくなったんだ」

「そうなの?」

 暁斗は、ものすごく驚いた顔をして俺を見た。

「じいさんがキツい人でさ。とにかくスパルタなわけ。でも、俺、子どもの頃から、強要されることが大嫌いでさ、ものすごい反抗してたんだ。すると、じっちゃんは叩くんだ『言われたとおりにやれ』って。嫌なのにやらなきゃいけない、けど、陰陽師の世界は意識の世界だから、イヤイヤやったって上達しない。やれない、ぶたれる、やれない、っていう悪循環。だんだん心が分裂してきてさ、小学生なのにノイローゼになっちゃったんだ」

「……それで、どうなったの?」

「じっちゃんも流石にマズイと思ったみたいで、両親と話あって、しばらく修行は中止になった。その頃は学校にも行けず、毎日、布団の中にずっといた。起き上がれなかったんだ。あれは『疲れてた』んだと思う。確か……半年くらいそんな風にしてて、急にある日学校行こう、って思ったんだ」

「その、学校に行こう、と思ったきっかけが知りたい」

「たぶん、エネルギーがやっと溜まったんだと思う。裏ではじっちゃんたちが、回復の業をかけてくれていたのも効いたんだろうな。なにせ、疲れるってのは憑かれる、から来ているらしいから、陰陽師の仕事だろ?

 でも、本当は、俺は技なんかかけてくれるより、自然のきれいなトコに連れていって欲しかった。何も考えず、太陽を浴びてぼぅとしたかったんだ」

「出来なかったの?」

「誰にも言わなかった。だって、俺のために親たちに、仕事休ませるなんてこと出来ないって、あの頃は思っていたから。今だったら言えるんだけど。ずーずしくなったから」

 俺は笑った。そうなんだ、今なら言える。ちょっとずつ成長しているのさ。

「そっか……」

 暁斗は、すごく綺麗な顔をして微笑んだ。それは、どこか聖母なような綺麗さで、優しさで。

「オレは……ラッキーだね。ここに連れてきてくれる人がいたもん」

なんで、そんなにおまえは分かるんだよ。胸が熱くなった。今日、ここに誘ったのはもちろん暁斗によかれ、と思って誘ったんだけど、本当はあの頃の自分を見ているようで、自分を助けたかったのかもしれない。

 そんなこと全部ひっくるめて暁斗は感じている。子どもの頃から俺が耐えてきたこと、頑張ってきたこと、悲しかったこと、悔しかったこと、すべてひっくるめて。

 涙があふれてきそうになって、俺は急いで立ち上がった。

「ちょっと、走りたくなったから走ってくる」

 そう言うと同時に砂浜に猛ダッシュした。砂に足がとられ走りにくい。でも、風がゴォゴォと両耳を滑っていく感覚は気持ちよくて、しばらく本気で走ってしまった。

「ふぅー」

 はぁはぁ息を切らしている俺の元に、暁斗は小走りで荷物を持って追いかけてきた。

「勝手に置いていくなよー」
「やっぱ、体動かすのっていいね」
 息を整えていたら、不意にいい事を思いついた。

「暁斗、かまえて!」
「え、かまえ?」
「うりゃ!」
「ちょ、ちょ」

 訳が分からなくなっている暁斗に、俺は空竹刀で打ちかかった。

 ぱしっ!

 俺の打ち込みを、きれいに止めた。もちろん、竹刀はない。形だけだ。

そのまま単純な動きで空竹刀をあっちこっち打ち据えていく。暁斗は、反射的に全部押さえていった。お互い目をじっと合わせて試合と同じカタチで動いていく。

 そうこなくっちゃ! 

 どんどんと動きを早めながら、俺たちは気がすむまで打ち合った。




「やっぱ、出来ると思った」
「なにが?」

 先にヘバった暁斗は、砂浜にヘタりながら息を弾ませていた。俺は腰を折って立っている。
「エアーチャンバラ」
「えあーちゃんばらぁ? ははは、ほんとだぁ」
ふたりの会話に、波の音が心地よく沁みわたる。汗ばんだ体に海風が気持ちいい。

「でも、思ったよりリアルだったろ?」
「ああ。竹刀のぶつかった感触なんて、本当に握っているのと同じだった」
「それが、陰陽道のはじめのは、イロハのイなんだ」
「え?」
「マインドを使って、ありありとイメージするんだ。もう、実際にそこにそれがあるかのようにまで感じられるようにすると……そのエネルギー体は実在してくるんだ」
「うそ?」
「ほんと。だって、手触りはリアルだったんだろ?」
「うん」
「暁斗も俺も、竹刀は無意識になるほど感覚化している。それだけエネルギーを長い間かけたってことだ。それはもう強く独立したエネルギー体。だから使えるんだ。今回はコントロールするために俺がちょっとエネルギー入れたけど、暁斗の素因もあったからほとんど力使ってないんだ」
「まじ?」
「まじ」

 俺は笑った。とても気持ちがよかった。
 海から吹き付ける風。どうどうと寄せては返す波。すべて洗い流してくれる。

 心がはずんで、楽しいということは、可能性の扉を大きく開く。
修行はつらく厳しいものだという概念は古いパラダイムだ。

 俺が手を差し伸べると、暁斗は俺をじっと見てから手を取った。ぐっと引き上げる。そのままずっと彼の手を握りしめていたかったが、放した。暖かな余韻が残る。

「かえろう」
「うん」


 少しだけ、太陽が西に傾きはじめていた。

作品名:君に秘法をおしえよう 作家名:尾崎チホ