金木犀の薫り
想い出の日に
目覚めたのは爽やかな金木犀の香りのためである。まだ外は暗い。時計を見ると五時少し前である。昨日から今日までどのくらいの時間が経過していたのだろうか。正確に言えば六時間位だ。それなのに僕は錯覚した。一年位眠っていたように思えた。
君と逢い別れた金木犀の木を見に行った事が昨日のように感じたのだ。これからその場所に行くためにここに来た。少し暗いけれど出かけよう。
あれから二十五年も経っているのに、君はあの時の君でいてくれるはずだ。
君の長い髪に金木犀の花びらが落ちていたね。君の香りのように僕は思った。君は掌で花びらを払いのけた。それを僕は拾いたかったけれど、拾う事は出来なかった。
君の言葉を受け止める事が出来なかった。それは母が苦労して僕を大学に進学させてくれたから、君がいては勉強の邪魔になるからと母が言った。
「さようなら」
ぼくの言葉に君の身体から、金木犀の花が落ちて来た。
大学を卒業して随分と君を捜した。4年は君にとって長かったのかもしれない。僕にはそんな感じはしなかったのだけれども・・
こうしてここに来るといろいろな事を思い出してくる。金木犀の香りを思う存分吸い込んだ。そのとき
「川田さんですよね」と声をかけられた。
「はい、そうですが」
ぼくは彼女であると直ぐに解った。結婚しているはずである。クラブに勤めていると聞いていた。約束した訳ではないのに、ぼくと別れた日を覚えていたのだろうか?
25年経った君がここにいるなんて信じられない。思い出だけの君に逢いに来たのに。
「お元気そうですね」
「どちらさんでしたか?」
「大塚です」
「どこかでお会いしましたか」
「多分クラブの方で」
彼女はクラブの名刺を差し出した。
「思いだしたら来て下さい」女優の様に美しい。
彼女は立ち去った。金木犀の香りがしていた。
何故名前を呼ぶことが出来なかったのだと思う。
僕はまたも彼女の言葉を受け止められなかった。