ハロウィン神戸
拓夫はポケットから携帯を取り出すと、スローナンバーの曲を流し始めた。
英語の曲はハスキーな女性の曲だった。ピアノの音に合わせてゆっくり歌い上げる。
この時の為に拓夫が用意した曲だったのだろうか素敵な曲が部屋中に流れてきた。
「踊ろう・・」
そう言うと拓夫は、裕美子を振り向かせた。
はにかんだように照れる裕美子。
拓夫はまたポケットに手を入れると、今度は目だけを隠す仮面を取り出した。
「あら、準備周到なのね」
裕美子は拓夫の手際のよさに笑った。
「さあ、仮面舞踏会の始まりだ。踊ろう」
拓夫は裕美子の手を取るとベッドと窓際の間の少し空いたスペースに裕美子を引っ張った。
片手で腰を抱いて、片手を肩にお互い乗せて仮面をした二人は揺れるように踊った。
ぴったりとくっつきあった体からはお互いのぬくもりが感じられた。
「ねえ、拓・・」
「なに?」
「今まで、こんなこと何回した?」
少し笑いながら聞く裕美子。
「・・・初めてに決まってるじゃない・・・」
拓夫も笑いながら答える。
「・・・いいわ・・聞かない。目の前のことでじゅうぶん幸せだから」
それから二人は静かに踊った。そして出会って2ヶ月目に初めてキスをした。
朝、拓夫が目を覚ますと裕美子は拓夫の広い胸にしがみついて寝ていた。
頭を拓夫の鎖骨のくぼんだ所にちょうどいい具合に枕にして寝ていた。
まだ寝息をしている。深い森の中で眠れる美女のように死んでいるかと思うぐらい静かに寝ていた。
拓夫は太腿にからむ裕美子の足が温かく心地よかった。
昨夜の夜のことで何かの答えが出たわけではないが、きっと、この朝の幸せな目覚めが求めていたものかもしれないと思った。
少し何かに手が届いた気がした。
追いかけていたもの、それは彼女の許し、すべてをまかせた安心感を受け取った朝が来ることで答えが分かった気がした。
裕美子が目を覚ます。少し照れた顔だ。
「おはよう」
「おはよう」
神戸の港町に「ボォ~~」と船の汽笛が聞こえた。
窓の外は晴れた空に白い雲が流れていた。
(完)