故障
逮捕
モニターに映し出されているのは、緊急特別番組のキャスターが普段とは違う高揚した声音で、連続殺人犯の「能勢銀吉」の逮捕を報道している中継。続いて映し出されたシーンは、機動隊が報道陣の為の壁となり、ズラリと左右にひらいて並ぶ中、長崎警察署の正面玄関から数人のスーツ姿の男が囲むようにして、紺色のジャンパーを頭から被る小柄な男をパトカーの後部座席まで導いた映像だ。その距離約40m程度。容疑者と刑事がその距離を歩く間に何百回のカメラのフラッシュが煌いたのだろう。それらの光りが最も騒々しくなったのは小柄の男がパトカーの後部座席に乗り込もうとする時だった。
頭から被ったジャンパーが僅かにはだけ、その隙間から見えた表情は笑っている様にも伺えた。小男は後部座席で二人の刑事に挟まれて座り、頭を沈めてうなだれている様子。遅れて運転手が乗り込むと、パトカーは機動隊が開いた道をゆっくりと走り抜ける。カメラのフラッシュがそれを追いかけて、この映像はそこで静止した。
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この映像は2週間前に能勢銀吉逮捕の翌日の緊急報道番組で流されていた映像である。
今、この映像は再び特別番組内の中で報道記者や元県警に勤めたと肩書きのある男達の前のモニターで映し出され、議論されていた。21時間前、能勢銀吉は極秘に行われた護送中に逃亡した。護送に関わった5人の護送員は、どれも外見では身元の判別が困難なまでの手段で惨殺されていた。
この前代未聞の不祥事は、当然ながら全国民を畏怖させる事となった。
結果、能勢は4000人の警官達の警戒体制の包囲網を潜り抜け、その後の6ヶ月間に女子供の見境なく各地で4家族17人の尊い命を奪った後に忽然と闇に消え去った。その後の十数年間、他府県総勢50万人にも及ぶ捜査員達の捜査も、遺族の無念も叶わずに迷宮入りとなってしまう。
最後の犯行の4ヶ月後。一人の雑誌記者が警察の内部情報を掴んだという形である記事を掲載した。それは能勢が逃亡した後の犯行、4家族17人の殺害は能勢の犯した犯行の可能性が限りなく低いのではないかという仮説であった。国民全員が犯人の顔を知る中で、短期間にこれ程の犯行を繰りかえされる可能性は極めて低いのではないか、というシンプルな方向性の記事である。
それまで国民の感情に煽られていたマスコミの片寄った報道の流れは、この何とも単純な可能性に飛びついた。そして、その後の報道番組や雑誌の特集記事などでは多くの推理屋達を生み出していった。
8月16日発売の「週間○サヒ」の記事より
能勢を崇拝する者が能勢の逃亡を切っ掛けに、能勢の犯行に見せかけ
たサイコ的な犯行とする説。 元FBI心理分析官K
8月17日発売の「週間女性○身」の記事より
能勢を崇拝する集団が護送車を襲い、その後、能勢を教祖にした闇の
カルト教団の犯行とする説。 カルト研究家R
8月27日発売の「週間○レイボーイ」の記事より
国家のある機関が極秘で能勢を確保してしまったと言う説。
元自衛官S
9月22日発売の「月刊○○裏社会」の記事より
気の違えた特殊部隊メンバーが脱走して行った犯行だとする説。
雑誌記者
9月27日発売の「週間○レイボーイ」の記事より
玄海遺伝子研究所の実験用の動物が逃げ出した結果、招いた事件だと
主張する説。 地元の施設退去運動を行っているT団体
9月29日発売の「噂の○相」の記事より
能勢の被害にあった遺族が暴力団に依頼し、能勢の護送中に殺し屋を
差し向けるが、失敗。能勢が逃亡したと言う説。山田太郎(仮名)談
現在、日本の陸上自衛隊の中に、指揮官護衛のエキスパート部隊が存在する。その部隊は陸上自衛隊の中では最も小さな規模の部隊で、所属するメンバーは現在8名。護衛部隊と言ってはみたが、これは現在の名称である。本来なら存在する筈の無い部隊が名を変えて存続している。この部隊の存在を知るのは一部の高位自衛官と日本で最上部に位置している数名の人物。一部のエゴによって存続される部隊。
現在では部隊規模も部隊名称も変わってしまってはいるが、120年前に生まれたこの部隊の原型は殺人部隊である。殺人部隊の威力とは殺傷能力ではなく殺傷の手段にある。あらゆる残忍な手段を用いて相手国の兵士を血祭にあげ、敵国の兵士を震え上がらせる事を目的とする為、決して日の光りの当たる事のない陰の部隊。
それぞれの国家に存在した殺人部隊は、やがて中距離兵器等の発達により消滅していくのだが、そうではない国もある。日本では名称や規模を変え存続している。その小さな部隊が自衛隊の陰で、独自の殺傷術を発達させていたのかどうかは外部の者は知るよしもない。
極秘に行われた能勢銀吉の護送。その護送の際に選ばれた5人の護送員の中の一人には、この部隊から送り込まれていたという事実を知る者はごく僅かである。