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夢と少女と旅日記 第1話-5

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 パチパチと乾いた音が祠の中から響いてきました。そして、まるで結界などないかのように、当たり前のように金髪ロングの女が拍手をしながら出てきました。……いえ、当たり前だったのでしょう。この女が結界を張った張本人だったとすれば。
「きゃははっ、どうも初めまして。正体を隠す必要はなさそうね。私は夢魔のチェルシーよ」
「これはどうも、ご丁寧に。私は美少女のネルちゃんです。……で、あんた一体何しに来たんです?」
「さあねえ……、なんでかしら? 強いて言うなら、私が夢魔だからかしらね。まあ、遅かれ早かれ、こういう展開になるだろうとは思っていたけれど、ここで足掻くのが夢魔の矜持よ」
「あっはははは、よく分かってんじゃないですか。元より破綻してるんですよ、この世界は。自分が倒されることを望む者が作り出した世界なんて、長持ちするはずがないです」
 巨大な竜が現れたときとは違い、今度は啞然とするのはエヴァンスさんだけでした。私もエメラルドさんも、既に全てを理解していました。この夢魔は、私との決着を求めて現れたのだということも。エヴァンスさんは我に返って、驚きの声を上げました。
「な、なんだ!? 一体何が起こっているんだ!?」
「あなたはもう邪魔なだけね。何も理解なんてしなくていいわ。そして、存在しなくてもいい」
 チェルシーは指をパチンと鳴らしました。そして、エヴァンスさんの体がグニャリと曲がり、『設定変更』が行なわれ始めました。私とエメラルドさんは叫びを上げました。
「「エヴァンスさん!!」」
 しかし、その叫びごと吸い込むかのようにエヴァンスさんのお腹に黒い渦が現れ、エヴァンスさんの身体はその黒い渦に向かって吸い込まれるという奇妙な動きをし、黒い渦は全てを吸い込み終えたあと煙のように消えました。私はしばし呆然としたあと、チェルシーを睨みつけました。
「何も、消す必要はなかったんじゃないですか?」
「だって、要らないでしょ? それに私とあなたの戦いに、横槍を入れられたくはないわ。あと言っておくけど、私が倒されれば、結局この世界に存在するものは何もかも消えるのよ?
 そして、この哀れなトカゲは、現実に引き戻される。幼馴染に振られた惨めな自分に戻るのよ。
 でも、それって幸せなことかしら? このまま夢を見続けていた方がいいんじゃないかしら? さっきは、遅かれ早かれこういう展開になると思っていたとは言ったけれど、『設定変更』によって、ここから再び理想的な世界を生み出すことはまだ可能よ。
 それを行なうには、あんたが邪魔ね。とっととここから出て行ってちょうだい。手荒な真似はしたくないけれど、強制的にでも言うことを聞いてもらうわ」
 私は、ふんと鼻を鳴らしてやりました。気付けば、エメラルドさんもチェルシーを強く睨みつけていました。
「誰があんたの言うことなんて聞いてやるもんですか。あんたも既に負け犬なんですよ。既に勝っている私があんたに負けるはずなんてないです。私があんたに――」
 私が勝ち口上を述べようとしたとき、何かがシュッと私の頬を掠めました。わずかに切り傷ができて血が垂れ始めてようやく、私はチェルシーになんらかの攻撃をされたのだと理解しました。今から考えてみれば、おそらく自身の魔力を鋭く固めて飛ばしたのでしょう。
「分かってないわね。私がその気になれば、あなたなんて一瞬で死ぬわ。この世界から脱出する術は持っているようだけど、それを行なう間もないわ。口の聞き方には気をつけた方がいいわね」
 私は自信たっぷりで受けて立つつもりでしたが、誤算でした。追い詰められているのはチェルシーではなく、私たちだったのです。私はチェルシーが悪魔であることを忘れていたのかもしれません。私のような弱い人間が素手で勝てるような相手ではないのです。しかし、それでもエメラルドさんは揺るぎない正義の目をしていました。
「恐れることはありませんよ、ネルさん。我々にも夢魔に対抗できる力はあります。現実のあなたが魔法使いじゃなくても、この世界でなら一つの魔法が使えるんです。その魔法とは、『夢幻創造(むげんそうぞう)』。
 ネルさん、想像してください! あいつを倒せるような最強の武器を! そうすれば、あなたの手元にそれが現れます。無限なる想像力で創造した夢幻の武器であいつを倒すのです!」
「…………いや、突然そんなこと言われても」
 だから、なんでそんな大事なことをこんなギリギリの状況で言うんですかねえええええ! いきなり想像しろと言われても、そんなすぐにイメージが湧くわけないじゃないですか! そうこうしているうちに、チェルシーが私に向かって歩き始めました。
「なんだか知らないけれど、だから言ってんでしょ。何かを行なうような暇すらないってね!!」
 チェルシーは地を蹴って私に急接近し、振り上げた右腕に刃状のオーラを纏わせて私の首を掻き切ろうとしました。私は咄嗟に左腕でガードをしようとしましたが、そのままでは腕ごと掻っ切られていたでしょう。
「ああもう、なんでもいいです! 何か出てきて! この攻撃を防げるような何か!!」
 その私の願いも届かずチェルシーに殺されてしまう、――かと思いました。しかし、間一髪のところで、何かが現れ、チェルシーの攻撃はそれに防がれました。そして、それの正体は――、
「な……、それはなんですか、ネルさん……」
「なんですかって、そりゃ私も聞きたいんですが……」
 チェルシーも唖然というか、呆然というか、ポカンとした表情をしていました。何故なら、それの正体は金の延べ棒だったからです。
「ちょ、ちょっと、ネルさん! 人の話聞いてましたか!? 純金なら爪くらいの硬さしかありませんし、18Kだとしても、もっと他に何かいい武器があるでしょう!?」
「そんなこと言ったってしょうがないじゃないですか! 自分が今一番欲しい物って考えたら、これだったんですよ!」
 などと、エメラルドさんと口喧嘩するような暇はありませんでした。チェルシーはすぐに我に返り、今度は左腕を刃状のオーラで覆い第二撃を加えようとしました。
「あっはっは! 何それ、そんな物でどうにかなるとでも!? さっきのは小手調べよ。私の本気の攻撃なら、そんな物では防げない!!」
「はあ……、まあこれでもいいですか」
 私はチェルシーの攻撃が行なわれるよりも前に、空いている右腕の方にも金の延べ棒を出現させ、チェルシーの腹を目掛けて突き刺しました。そう、私はこのときチェルシーの素早さすらも圧倒したのです。
「だって、お金は何よりも強い武器ですから」
 チェルシーは腹に一撃を与えられ、悶絶しました。まあ、厳密に言えば、お金じゃなくて金の延べ棒ですが、貨幣的な価値で見て最も信頼できるのが金の延べ棒です。つまりは、最強のお金であると言っても過言ではありません。そして、お金は夢を叶えるために必要な物。つまり夢よりお金の方が強いんです。
 無論、本来ならば私はこんな動きはできません。しかし、夢の世界でなら想像の力によって、自身の身体能力ですら向上させることができるということだろうと思います。
「ネ、ネルさん、凄い……」