夢と少女と旅日記 第1話-4
「はぁはぁ……、こんなきつい坂だなんて聞いてませんよ……」
「どうした、どうした! あともうちょっとで頂上だから頑張れ!」
「はぁ……、30分前にも聞きましたし、それ……」
「ネルさんってば体力ないんですね……」
「ははっ、あなたは羽があっていいですねえ、エメラルドさん……」
確かに私はいつもパトちゃんに乗っていて、運動不足なのは確かですが、あの坂道は急傾斜過ぎました。いや、やっぱり普段から体力作りしてないと駄目ですねえ……。
「というか、エメラルドさん。夢の世界だって言うのに、肉体的な疲労ってあるんですね……。正直、かなりしんどいです」
「ええ、私たちは身体ごと夢の世界に来ていますからね。現実の世界の人が見たら、突然姿が消えたかのように見えるでしょう」
「じゃあ、怪我したらそのままってことです? はぁ……、やっぱりリスクとリターンが釣り合わないですねえ……」
と言ったところで、ようやく坂道は終わり、どうやら頂上まで辿り着いたようでした。竜の姿(――意地でもドラゴンなんて言ってやるものか)は見当たりませんでしたが、近くには小さな祠がありました。
「ドラゴンの姿は見当たらないな。この場からは離れているのか。ならば、今がチャンスだ。まずはさらわれた娘を助け出そう」
「そうですね。まずは救助が最優先です」とエメラルドさんが応えたところ、エヴァンスさんは少し思案して、
「そうだな。……いや、君たちは祠の入り口で待機していてくれ。まず俺が中の様子を窺おう。30分経っても戻ってこなかったら、何かの罠にかかったんだと思ってくれ。そのときは、君たちは絶対に祠の中に入るんじゃないぞ」と言いましたので、私がこう応えました。
「何言ってんですか。罠があろうとあるまいと、この祠の中に娘さんがいるかもしれない限り、入るしかないじゃないですか」
「それはそうだが……、全員罠にかかって倒れましたじゃ笑い話にもならないだろう」
「んー、まあいいです。あなたに、男を立てる機会を差し上げますよ。あなたが戻ってこなければ、そのときはそのときどうするか考えます」
「ああ、すまないな」
そんなやり取りがあって、エヴァンスさんが一人で祠に入ろうとしましたが、入ろうとした瞬間、エヴァンスさんの身体は弾き飛ばされて、尻餅をつきました。
「ちっ、結界か……。こいつを打ち破るには、並の魔力じゃ足りなさそうだ。偉そうなことを言ったあとですまないが、魔法使いならば結界をどうにかしてくれないか?」
「へっ? いや、それはエメラルドさんが適当なこと言っただけなので――」
――私にそんな魔力があると期待されても困りますと続けようとしたとき、あの雄叫びが再び聞こえてきたのでした。振り返ると、高さ50メートルほどの巨大なドラゴンがいました。
「「で、でっけえ!!」」
私とエメラルドさんの叫びは、見事にハモりました。エヴァンスさんは、さすがは英雄と言うだけのことはあり動じていませんでしたが……。
「あ、あんなにでかいなんて聞いてませんよ!? エヴァンスさん、あれに勝てるおつもりですか!?」
「はっはっは! でかいだけの相手ならば、問題なし! この俺が一撃の元に葬り去ってやる!」
そう言った瞬間、エヴァンスさんは竜に向かって跳ねつつ、剣を抜きました。しかし、斬りかかるよりも前に、竜の尻尾に跳ね飛ばされてしまいました。ですが、今度は地面に倒れることはなく立ったままでした。
「なかなかやるな。だが、この程度ではこの俺は倒せんぞ!」とエヴァンスさんは、再び竜に斬りかかります。しかし、今度は炎を吐かれ、慌ててうしろに飛び退きました。
「くそ……、近寄ることさえできれば、この剣で斬り伏せてやるのに……」
エヴァンスさんは、どうにも攻めあぐねているようでした。負けるつもりは一切ないようでしたが、私にはどうやっても竜には勝てないように思えました。
「あぁ……、ネルさん! このままじゃまずいですよ。エヴァンスさんはケビンさんが自己投影する存在ですから、殺されることはないと思いますが……」
「本当に、そうでしょうか?」
「え? それは一体どういう意味で――」
「いいから、ここは私に任せてください」
そう言う間にもエヴァンスさんは、竜の腕に掴まれ、地面に叩きつけられていました。
「エヴァンスさん! ここは一旦引いて、私に任せてください! 私なら、もしかしたらなんとかできるかもしれません」
「な……? な、ならば、一緒に戦った方が――」
「いいから! 私に任せて!!」
エヴァンスさんは、私の胸中が理解できないようで訝しがっていましたが、私はそれを無視し、竜の目の前に立ち塞がりました。竜は私の方に目線を向け、今にも襲い掛かってきそうな様子でしたが、私は意に介さず“彼”を指差し話しかけました。
「やっぱり、あなたがメアリー・スーだったわけですね?」
そう、ケビンさんが自己投影していたのは、英雄エヴァンスじゃない。この竜だ。私はエヴァンスさんに会ったときから、彼はケビンさんが自己投影する夢の住人ではないと感じていました。
「ネ、ネルさん……? 何故そんなことを……?」
「簡単なことです。幼馴染の女性に振られてショックを受けたばかりで、自分のことを英雄だと思うでしょうか? それに、夢魔に心の隙を見せてしまったということなら、自分になんらかの欠陥があったと思ったということじゃないでしょうか。
いえ、もしかしたら、自分は一切悪くなくて、別の男が幼馴染を無理やり奪っただけだと、現実逃避をする人もいるかもしれないですが、エヴァンスさんが竜に苦戦するのを見て確信しました。ケビンさん=エヴァンスさんであるならば、エヴァンスさんはあっさりと竜を倒せたでしょう。
何故なら、ここはケビンさんの理想の世界であるから。この場合、竜はケビンさんから幼馴染を奪った憎い男ということになります。その憎い男をあっさりとぶっ飛ばせるならば、理想の世界であると言えるかもしれません。ですが、そうじゃなかった。
ケビンさんは、自分に悪いところがあったのは自覚していた。しかし、英雄にだって劣っていないと思う傲慢さも持ち合わせていた。その傲慢さがこの無駄に馬鹿でかい竜を生み出したのです。
そして、ケビンさん。あなたにはっきり言ってやります。あなたが幼馴染に振られたのは、おそらくその傲慢さが原因です。本当はちっぽけな人間であるくせに、大人物であるかのように振舞ったせいです。
それをあなたは英雄と呼ばれるような正しき人間に正して欲しいんじゃないですか? しかし、その気持ちを持ちながら、それが受け入れられない。正しさをぶつけられそうになると、暴力的な方法でそれを退けようとする。
そんなんじゃ、あなたは一生誰にもモテやしませんよ。まずは、自分の愚かさを受け入れることです。そして、正しき人間の声に耳を傾け、生まれ変わるべきです。そうすれば、もしかしたら幼馴染の女性も気が変わって、あなたに振り向くかもしれません。
本当のあなたは竜なんかじゃない。ただのちっぽけなトカゲです。まずは、それを受け入れることです」
「どうした、どうした! あともうちょっとで頂上だから頑張れ!」
「はぁ……、30分前にも聞きましたし、それ……」
「ネルさんってば体力ないんですね……」
「ははっ、あなたは羽があっていいですねえ、エメラルドさん……」
確かに私はいつもパトちゃんに乗っていて、運動不足なのは確かですが、あの坂道は急傾斜過ぎました。いや、やっぱり普段から体力作りしてないと駄目ですねえ……。
「というか、エメラルドさん。夢の世界だって言うのに、肉体的な疲労ってあるんですね……。正直、かなりしんどいです」
「ええ、私たちは身体ごと夢の世界に来ていますからね。現実の世界の人が見たら、突然姿が消えたかのように見えるでしょう」
「じゃあ、怪我したらそのままってことです? はぁ……、やっぱりリスクとリターンが釣り合わないですねえ……」
と言ったところで、ようやく坂道は終わり、どうやら頂上まで辿り着いたようでした。竜の姿(――意地でもドラゴンなんて言ってやるものか)は見当たりませんでしたが、近くには小さな祠がありました。
「ドラゴンの姿は見当たらないな。この場からは離れているのか。ならば、今がチャンスだ。まずはさらわれた娘を助け出そう」
「そうですね。まずは救助が最優先です」とエメラルドさんが応えたところ、エヴァンスさんは少し思案して、
「そうだな。……いや、君たちは祠の入り口で待機していてくれ。まず俺が中の様子を窺おう。30分経っても戻ってこなかったら、何かの罠にかかったんだと思ってくれ。そのときは、君たちは絶対に祠の中に入るんじゃないぞ」と言いましたので、私がこう応えました。
「何言ってんですか。罠があろうとあるまいと、この祠の中に娘さんがいるかもしれない限り、入るしかないじゃないですか」
「それはそうだが……、全員罠にかかって倒れましたじゃ笑い話にもならないだろう」
「んー、まあいいです。あなたに、男を立てる機会を差し上げますよ。あなたが戻ってこなければ、そのときはそのときどうするか考えます」
「ああ、すまないな」
そんなやり取りがあって、エヴァンスさんが一人で祠に入ろうとしましたが、入ろうとした瞬間、エヴァンスさんの身体は弾き飛ばされて、尻餅をつきました。
「ちっ、結界か……。こいつを打ち破るには、並の魔力じゃ足りなさそうだ。偉そうなことを言ったあとですまないが、魔法使いならば結界をどうにかしてくれないか?」
「へっ? いや、それはエメラルドさんが適当なこと言っただけなので――」
――私にそんな魔力があると期待されても困りますと続けようとしたとき、あの雄叫びが再び聞こえてきたのでした。振り返ると、高さ50メートルほどの巨大なドラゴンがいました。
「「で、でっけえ!!」」
私とエメラルドさんの叫びは、見事にハモりました。エヴァンスさんは、さすがは英雄と言うだけのことはあり動じていませんでしたが……。
「あ、あんなにでかいなんて聞いてませんよ!? エヴァンスさん、あれに勝てるおつもりですか!?」
「はっはっは! でかいだけの相手ならば、問題なし! この俺が一撃の元に葬り去ってやる!」
そう言った瞬間、エヴァンスさんは竜に向かって跳ねつつ、剣を抜きました。しかし、斬りかかるよりも前に、竜の尻尾に跳ね飛ばされてしまいました。ですが、今度は地面に倒れることはなく立ったままでした。
「なかなかやるな。だが、この程度ではこの俺は倒せんぞ!」とエヴァンスさんは、再び竜に斬りかかります。しかし、今度は炎を吐かれ、慌ててうしろに飛び退きました。
「くそ……、近寄ることさえできれば、この剣で斬り伏せてやるのに……」
エヴァンスさんは、どうにも攻めあぐねているようでした。負けるつもりは一切ないようでしたが、私にはどうやっても竜には勝てないように思えました。
「あぁ……、ネルさん! このままじゃまずいですよ。エヴァンスさんはケビンさんが自己投影する存在ですから、殺されることはないと思いますが……」
「本当に、そうでしょうか?」
「え? それは一体どういう意味で――」
「いいから、ここは私に任せてください」
そう言う間にもエヴァンスさんは、竜の腕に掴まれ、地面に叩きつけられていました。
「エヴァンスさん! ここは一旦引いて、私に任せてください! 私なら、もしかしたらなんとかできるかもしれません」
「な……? な、ならば、一緒に戦った方が――」
「いいから! 私に任せて!!」
エヴァンスさんは、私の胸中が理解できないようで訝しがっていましたが、私はそれを無視し、竜の目の前に立ち塞がりました。竜は私の方に目線を向け、今にも襲い掛かってきそうな様子でしたが、私は意に介さず“彼”を指差し話しかけました。
「やっぱり、あなたがメアリー・スーだったわけですね?」
そう、ケビンさんが自己投影していたのは、英雄エヴァンスじゃない。この竜だ。私はエヴァンスさんに会ったときから、彼はケビンさんが自己投影する夢の住人ではないと感じていました。
「ネ、ネルさん……? 何故そんなことを……?」
「簡単なことです。幼馴染の女性に振られてショックを受けたばかりで、自分のことを英雄だと思うでしょうか? それに、夢魔に心の隙を見せてしまったということなら、自分になんらかの欠陥があったと思ったということじゃないでしょうか。
いえ、もしかしたら、自分は一切悪くなくて、別の男が幼馴染を無理やり奪っただけだと、現実逃避をする人もいるかもしれないですが、エヴァンスさんが竜に苦戦するのを見て確信しました。ケビンさん=エヴァンスさんであるならば、エヴァンスさんはあっさりと竜を倒せたでしょう。
何故なら、ここはケビンさんの理想の世界であるから。この場合、竜はケビンさんから幼馴染を奪った憎い男ということになります。その憎い男をあっさりとぶっ飛ばせるならば、理想の世界であると言えるかもしれません。ですが、そうじゃなかった。
ケビンさんは、自分に悪いところがあったのは自覚していた。しかし、英雄にだって劣っていないと思う傲慢さも持ち合わせていた。その傲慢さがこの無駄に馬鹿でかい竜を生み出したのです。
そして、ケビンさん。あなたにはっきり言ってやります。あなたが幼馴染に振られたのは、おそらくその傲慢さが原因です。本当はちっぽけな人間であるくせに、大人物であるかのように振舞ったせいです。
それをあなたは英雄と呼ばれるような正しき人間に正して欲しいんじゃないですか? しかし、その気持ちを持ちながら、それが受け入れられない。正しさをぶつけられそうになると、暴力的な方法でそれを退けようとする。
そんなんじゃ、あなたは一生誰にもモテやしませんよ。まずは、自分の愚かさを受け入れることです。そして、正しき人間の声に耳を傾け、生まれ変わるべきです。そうすれば、もしかしたら幼馴染の女性も気が変わって、あなたに振り向くかもしれません。
本当のあなたは竜なんかじゃない。ただのちっぽけなトカゲです。まずは、それを受け入れることです」
作品名:夢と少女と旅日記 第1話-4 作家名:タチバナ