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秋の日の呟き

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秋の日らしい晴れの公園は、賑わいを感じた。

 そんな公園にひとり散歩に来た彼女は、周りに視線を向けつつ、邪魔にならないように歩いた。
 まだ歩みに覚束なさのある子どもが彼女に引き寄せられるように前だけを見て歩いてきた。
彼女は、立ち止まりその子の行く先を見つめる。
(あ、こっちに来ちゃうかな。親はどこだろう?)と思っているのだろうか首を二、三度左右に向けた。
たぶん可笑しな態度で接して、親に睨まれてもつまらないとでも思っているのだろうか。
 そんな思考が働いているだろうと同時に 足元、そう膝辺りに衝突とも言えない圧力を感じたようだ。
予想通りに その子の歩みは止まり、両脚をそのまま残し、尻もちをついた。
アスファルトの路とはいえ、もこもこっとオムツで覆われたお尻は、軽い身体を支えても衝撃は少なくて済むだろう。
 彼女は、手を差し伸べるべきだろうか?
そのまま、その子が立ち上がるのを微笑ましく見つめるべきだろうか?

――それにしても、あの子の親は?どこだろう??

 立つ事が、そして歩く事が、今この子の幸せな行動のように思っただろう彼女は、そのまま立ち竦んでいた。
かなり下から見上げられる視線は、黒い目を丸く輝かせ、彼女を真っ直ぐ見つめていた。
 彼女の足元近くに両手をついたその子は、片手ずつ彼女の脛《すね》を伝い、身体を立てていった。
彼女の膝の辺りまでの丈のスカートの裾が小さな手で皺が作られた。
かなり力が入っていることが見てわかった。
 彼女は、肩に掛けていたバッグの紐を直し、少し後方へと押しやった。
すらっと七分袖から伸びた両手はその子の脇の下を支え、彼女は、膝を折ってしゃがんだ。
その子の行く先を心配げに見つめていた目は、優しく微笑んでいるように変わっていた。
 彼女の唇が動いた。
おそらく、『大丈夫?』『お母さんどこかな?』と言っているのだろうか、また辺りを見回した。
その子が、彼女に抱きつくように両手をいっぱいに広げて体重を預けた。
彼女の唇が『可愛い』と動いたように見えた。
一瞬、抱き上げる仕草らしき動きをしたが、彼女は、そのまま二本の脚を宙に浮かせることなく支えとしていた。
(せっかく、立ち上がったんですものね)とその行動を讃えるように微笑ましく笑みを浮かべているように見えた。
 主の居ないベビーカーを押した女が、彼女のほうに足早にやって来た。

――ああ、あの子の母親ね。

 そのベビーカーの後ろから その子のお父さんらしき男と小さな紳士風の服を着た男の子が見えた。
男の子のズボンのサスペンダを男が手直ししながら歩いていた。
おそらく、トイレにでも駆け込んで、用の成さないファスナーではなく、ズボンごと下ろしたのを父親が手伝ったのだろう。
 女は、その……娘だろう女の子から目を離してしまったことに、少しばかり焦りを感じているようにも見えた。
数歩手前から、女は彼女に頭を下げた。
 女が、女の子に向けて手を広げて見せた。
女の子は、彼女の方によりくっつき、スカートを握る手に力を込めたようだ。
彼女の苦笑した口元はどういう意味があるだろう。
(困ったわ)(早く抱いてあげて)少なくとも(迷惑よ!)という思考はなさそうに見えた。
 照れて父親の横に居た男の子が、彼女に近づいた。
男の子の手が、女の子の手を握ると、するりとスカートは元の垂れ下がりを取り戻した。
そして、男の子が、もう片手に持っていた紅葉した葉を彼女に差し出した。
『ボクの妹がお世話になりました』とでも伝えているかのように、はにかんだ笑顔を一瞬見せた。
『くれるの?ありがとう』彼女は、思わぬ御礼に小首を傾げ応えた。
 小さい男の手が、もっと小さい手を握り、女の子の歩みの速さに合わせてベビーカーの方へ向かっていった。
 しゃがんだままの彼女に その子の親だろう男と女が頭を下げて、言葉をかけた。
『ありがとう』『お世話かけました』そんな言葉であれば良いなと思った。
 彼女は、地面に擦っていたスカートと掃うこともなく立ち上がると、胸の辺りで軽く掌を揺らして見せた。
視線の先は、たぶん幼い兄妹の姿だろう。
 そんな出来事の間にも 公園に訪れた人が彼女の横を行き交っていた。
 彼女は、スカートの裾を軽く掃った。
バッグの紐を肩に掛け直し、また歩き始めた。
そのすぐ後に、彼女の髪を揺らすように頭を撫で、声を掛けてきた青年が現れた。
一瞬、肩を窄め、振り返り視線を向けた彼女の瞳は、艶やかに光っていたのではないだろうか。

――あ、おひとりじゃなかったのね。

 たぶん彼女の行動を見ていたに違いない。いや見ていて欲しいと思った。
そうしたら、もっと彼女に好意を持つことでしょうと思った。

 陽射しが眩しくなってきた。

 公園のベンチで見つけた光景をお話にすることが、ささやかな楽しみなこの頃。
でも、これから始まるもうひとつの話は、そっとしておきましょう。
また、いつの日か物語りになる日があるかもしれないと願いつつ。

――秋の日の公園のベンチにて


     ― 了 ―
作品名:秋の日の呟き 作家名:甜茶