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佐々川紗和
佐々川紗和
novelistID. 31371
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的を射る花

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「サラさん、こっちビール2つ!」
ライオネス軍学校の学生で埋め尽くされた<フラワーズ>で、ユイチ・クライシは空のジョッキを頭の高さに上げた。
今日もフラワーズは全てのテーブルが学生で埋まっている。
「はい、はい!ちょっと待ってね」
大きな声で注文を受けると、サラ・マチダは肩まで伸びた金色の髪をなびかせて急いで料理場へと消えていった。
サラの姿が見えなくなった途端に、男たちの視線は手元のジョッキへと移る。サラをつまみに一杯とは非常に親父臭いが、学生たちにとっては唯一と言ってもいい楽しみなのだ。
「今日もまたよく飲んでるね?もう、ほどほどにしなさいよ」
両手にジョッキをもちながら器用に席の合間を縫ってユイチ達のテーブルへとサラがやってきた。
「仕方ないですよ、こんな所じゃ」
ユイチは空いたジョッキと交換すると自嘲気味に笑ってみせた。
サラはもう1杯を同じテーブルのハドリ・テンドウの前に置くと空いたジョッキを下げた。
「近頃みんな飲む量が増えてない?私は儲かるからいいけどさ」
自分たちの年齢におよそ10歳足した女性のウィンクにユイチは一瞬固まった。ウィンクは若い娘の特権だと思っていたから衝撃だ。
ハドリも満杯に注がれたジョッキに口をつけたまま眉を寄せた。
「サラさん、ウィンクはもう――」
咄嗟にハドリの口を塞いだユイチは、あわててサラに笑顔をむける。
「サラさんに会いたくて、僕ら飲みに来ているんですよ」
「嬉しいこと言ってくれるわね。ま、あんたら昨日もこうしてぐだぐだしてたけどさ」
「僕らにとって家みたいなもんですから」
「軍学校の学生だったら、もっとしゃきっとしなさい」
空いたジョッキを両手にしたサラはユイチの頭にジョッキの底をこつんとぶつけた。
「女の子がいないからここで飲むくらいしかないくせにさぁ」
隣のテーブルの学生達も思わずサラを見上げる。それはすべてを見透かされた一言だった。
「みんなサラさんに会いに来てるんですよ」
「また調子のいいこと言って。ああ、注文だわ。じゃさ、ゆっくり飲んでいきな」
はーい、と声にしたのはユイチだけだった。
ここには華がない。人肌恋しいお年頃の若者にとってはため息ひとつもつくたくなる環境だ。
そんな中、酒場のサラは彼らにとって(皆もう少し若ければと思っているが)一際輝く花のような存在だった。
「……はっ……はなせっ」
ユイチに口元を塞がれたままのたハドリはようやく自力で引きはがし、肩でふかく息をしている。
「口と鼻をふさぐ奴がいるか!!」
「あ、ごめん。忘れてた」
しれっとするユイチはナッツを頬張ると椅子にもたれかかった。
「喧嘩売ってんのか」
「いいや? あのさぁ、ずっと言おうと思っていたけどさ、お前デリカシーなさすぎ」
「どこがだ、ただの親切なアドバイスだろ?」
「もう少し気のきいた言い方あるだろ。あのくらいの歳の女ってのはデリケートなんだよ。こんな酒場で働いて俺らの相手してくれてんだ、もっと気を使ってやれよ」
「……いや、ユイチも気をつけろよ。お前って外面は良いよな。物言いが大雑把だけど」
「あ? 何言ってんだ」
ユイチがあきれ顔でため息をつくと、隣のテーブルでもため息が漏れていた。
「今年も女子の入学はゼロか……」
「言うな、むなしくなる」
「もともと期待はしていなかっただろう」
「やってらんねぇな、早く卒業して田舎に帰りてぇよ」
「田舎でもお前には女できないだろ」
「本気で言ってたらぶっ飛ばすぞ」
そんな会話が店内のあちこちでなされているのがフラワーズの常だった。
ライオネス軍学校には女性がいない。正確には只一人、今年60歳になるという寮母のハルだけだ。教官はもちろん生徒も男ばかり。女性入学禁止はしていないにもかかわらず、志願者がまったくいない。学内はどこを見ても男、男、男。ならば、と学外に足を向けると街の娘達はこぞって家にこもっている。この街に住む女たちはそういう“刷り込み”を受けているのだ。
「しっかし、サラさんの言う通りだ。どうしてこんなに女がいないんだ?」
朝夕娘達が出歩く頃、軍学校では訓練の時間。やっと夜になって外出ができる頃は、娘達は早々、夜道は危険だからと家にこもってしまう。
夜道が危険とは、この場合ほとんどが軍学校の生徒たちのことをいう。
もちろん問題を起こすことは除名につながるのだが、問題を起こす以前に、一瞬のうちにわらわらとあつまって必死にまとわりつく筋肉質の学生たちは賊と同じような恐怖を娘達に与えるのだ。残念ながら、彼らにはそれがわかっていない。
学生が出歩く時間になると若い女が街から消える、もはや都市伝説となっている。
「衛生科には女もいるらしいけどな」
ハドリ勢いよくジョッキをあおると、面倒そうに話に乗った。
「くそっ、なんでうちには衛生科がないんだ」
「知らねえよ」
「女がいない方が集中できていいけど、物足りない感あるよな」
「どっちなのよ、それ」
話を聞いていたらしいサラに口を出された。
ユイチはとぼけたように笑って時計を見ると、まだ門限までは少し時間があった。
いつもはサラが「そろそろ帰んな」と一声かけると学生たちはジョッキを一斉にあおって空にする。門限に遅れると懲罰だ。
明日は射撃訓練があるから今日は余裕を持って帰ろうとユイチたちは前もって決めていた。
「そろそろ行くか」
「ごちそうさま、また来ますね」
サラに簡単にあいさつをして代金をテーブルに置くと、ユイチたちはフラワーズを出ていった。

作品名:的を射る花 作家名:佐々川紗和