Alice in strangeland. 01
「あれ、白ウサギじゃん。なんで此処に。」
芋虫が面白そうに言った。恐る恐る、俺も声がした方向を向く。
「やっぱりお前かよ…。」
ハニーブラウンの瞳と目があって落胆した。心底落胆した。
瞳と同じ色の癖っ毛に中性的な顔立ち(どちらかといえば可愛いと言われる部類の)、190cmはあろうかという長身に真っ黒いスラックス、その上にノリの効いていそうな白いシャツと黒いベストを身につけ、腰のあたりにジャラジャラと大量の懐中時計をつけたそいつは、気を失う前に最後に見た顔だったからだ。違っている点といえば、いかがわしい笑みの代わりに息を荒げていることくらいか。
「どこ行ってたんだよ、てっきり俺と同じとこに居ると思ってたのに」
「はあ?意味わかんねえ、つーかお前の仕業か。今すぐ俺を元の場所に戻せ、今、すぐ!」
奴の胸ぐらをひっつかみ、怒鳴る。しかし男は荒い息を吐きながら口角だけ吊り上げて言った。
「っ、はっ、無理だな。今ここにお前がいるのは、それをお前が望んだからだ。帰るも何も、ここがお前の、帰る場所。それが、あの日の約束だった。」
目の前の男の言っていることの意味が分からない。
「そうそう。もともと俺たちの根源は君だから、閉じかけた穴に君が落ちた時は俺らも消滅を覚悟したよ。でも、ウサギは落ちていく君に約束を取り付けた。いや、取り付けたんじゃないや。君がウサギに言ったんだよぉ?こっちに連れ戻してってさあ!」
にこにこと笑う芋虫が後を追うように何か言った。こいつらの言っていることが分からない。あまりの非現実さに頭がぐらぐらする。
「意味…分かんねえよ…良いから早く俺を元の場所に」
口から出た言葉は、最初に比べてひどく弱弱しかった。帰りたい思いはある、しかしどうしていいのか分からない。
「って言われてもさあ…あ、わかった。昔のこと忘れてるから今が受け入れられないんだ。ねえウサギ、思い出させてあげなよお。」
「ああ、そういうことなのか。じゃあ最初からそうすれば良かったな。」
胸ぐらを掴む俺の手を左手で抑え、目の前の男は俺の目を右手で覆った。大した抵抗もできずにされるがままになった俺の耳元で男が囁く。
「ねえうさぎさん、」
その言葉を認識してすぐに膨大な映像が頭に流れ込んできて、とっさに掴んだままだった男の襟を離して頭を抑える。
「あそんでよ、いもむし」「そのぼうしちょうだい」「なんでたまごっていうの」「だめ、これはぼくのランドセル」「じょおうさまがおねえちゃんだったらよかったのに」
『そうだよアリス、わたしたちは――
あなただ。』
何重もの重なった声が、最後に俺の鼓膜をたたいて消えた。
――さあ、終わったはずの物語の続きを始めよう。
作品名:Alice in strangeland. 01 作家名:ripo