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冬野すいみ
冬野すいみ
novelistID. 21783
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赤い涙

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真っ暗な世界。瞳の奥には何の光もなくて、この世界はきっと闇でできているのだろうと錯覚する。光などすべて影のために存在する。私には光は必要ない。

私はただ意識の底に沈み、待っていた。私の命が流れ出すときを、赤い血のぬくもりを。愛しい人の場所へと向かうため。何もない無になるため。ただ、消えてしまうため。






…けれど、

カシャン、
小さく音が響いて私の首筋に押し当てられていた感触が無くなる。私はきっと、赤い魂には、なれない。


「嘘だよ」


私が目を開けると葉ちゃんは私の前にただ、立ちつくしていた。足元にはその手から落ちた硝子の欠片が音もなく光っている。葉ちゃんはぼんやりとした目でこちらを見ていた。その目がとても悲しそうで、悲しそうで私は叫びだしたくなる。
泣かないで、泣かないで、泣かないで…。
私がいる。
いるのに…。
連れて行ってほしいのに…。

私の叫びは声にならない。

葉ちゃんはもう一度私に手を向けた。今度は何も持たないからっぽの手。そして、そっと私の頬に触れた。

冷たい、手だった。
私の背筋に冷たい戦慄が走り、そしてじわじわと体じゅうに脈動が広がっていく。冷たい手に触れて、私の心には、体には熱が生まれた。死んでいた熱が。
そして、その冷たい皮膚の感触は熱となり私の心を揺さぶった。熱が心に渦を巻く悲しみを溶かして、濁ったものもすべて透きとおった水へと変えていく。澄み切って悲しい水へ。

私の目には涙があふれていた。
ぽたり、ぽたり、次から次へと零れ落ちる透明な雫。これは私の心が溶け出したものだ。悲しみが生んだものだ。涙は透明なんだ…。

葉ちゃんはそっと手で私の涙に触れる。私の生きた熱の水が冷たい葉ちゃんをあたためることができたらいいのに…、そんなことをぼんやりと思った。

葉ちゃんは言葉を紡ぐ。その目は悲しくも澄んでいる。
「泣けばいい…。
涙は生きている。生きているもののために生まれる水だ。お前が泣くのは俺は嬉しい。悲しくて、嬉しい。それはお前が生きているから」

葉ちゃんが死んでから私は少しも泣いていなかった。泣くことができなくなっていた。悲しい気持ちの闇に沈んでしまい、すべてが閉じ込められた。あるのは切り裂かれるような痛みだけ。
私は今、初めて泣いた。

「俺は汚れている。お前も汚れているよ。だって生きているんだから…。だけど、すべてを清めるそのあたたかな血が俺は愛しいよ。…悲しいよ」
(憎いよ)

そう言って葉ちゃんは蔦に絡まった私の腕の、棘から生まれた血に触れた。葉ちゃんが赤く染まる。私の目ははただその指先を見つめていた。
葉ちゃんはその赤い血の付いた指先で、再び私の頬に触れた。血がまた私に戻ってくる。私は赤く染まる。

葉ちゃんの目は私を深く見つめている。私もその目を逸らすことはできない。逸らさない。瞳の世界は一つだ。

そして、葉ちゃんは最後の言葉を落とした。


「さようなら、睦美」


むつみ…それは私の名。かけがえのない人に呼ばれた幸福の名。私の心は悲しくて、満たされて涙を流す。

私は微笑んだ。泣き笑いの顔はうまく笑えているだろうか。


「さようなら、葉ちゃん」


私も、葉ちゃんも、絡まった蔦も痛む棘もすべてが消える。淡い夢に飲み込まれるように。あたたかくもかなしいぬくもりの中で。

けれど、私の皮膚に食い込んだ棘の痛みは消えることはない。赤い涙を流し続けるだろう。それでも、私は冷たい、あたたかいその人の手を忘れることはない。痛みとともに、永遠に。
終わりなどない…。

あかい、あかい、
赤い涙。
作品名:赤い涙 作家名:冬野すいみ