赤い涙
蔦が私の手足に絡まる。棘がやわらかな皮膚へ食い込み、ちくりと痛みを生む。そして赤い、赤い血となって命を咲かす。あわれに、散る。生温かい命。
いたい、いたい。
かなしい。
かなしい…。
空は何の色もなくて、目に映る景色はすべて幻。
そして、目の前にいるこの人は。
私の好きなこの人は、ただ私を見ていた。
棘が私に痛みを与える。
赤い血は涙のようだった。
私の目の前にいるのは、そう、葉ちゃんだ。
けれど、葉ちゃんは死んだ。
私は葉ちゃんが好きで、好きで、好きで、…好きで。気がおかしくなってしまうほどだったから、悲しくてすべてが無になった。こんな地獄はいらない、狂っているのは私ではない、狂っているのは世界だ。真っ黒な闇の中で、一つだけ灯った真っ赤な炎がすべてを焼き尽くしてしまう。そして、真っ白に飲み込まれてなにも、何も残らない。
この世は地獄だ。
そして、今、私は何もない空間で大きな蔦に何重にも絡まれて動けないでいる。体中に小さな小さな棘が突き刺さり、私に痛みを与える。皮膚は微かに赤い涙を流していた。
そんな私を見ているのは、死んだ葉ちゃん。
もう生きていない人間。大好きな人間。
手も足も顔もあって、全部同じで、死んだなんて嘘だったのだろうか。けれど、葉ちゃんは確かに死んだ。青い顔をして息をしてない物体となって横たわっていた。もう、いない。
ああ、私は悲しみからおかしくなってしまったのだろうか。それとも私も死んでしまったのだろうか。叶うならすべてが夢であったと、悪夢だったとそう言ってほしい。
わたしは自由になる目だけであたりを見回す。ここはどこだろう。色のない空のような無限の空間がただ広がっている。他には何もない。すべて吸い込まれて消えてしまいそう。色のない闇。
これは夢の世界かもしれない。いいえ、夢も現実も虚ろなまぼろしでしょう。一体それに何の違いがあるんだろう。
そして、私はふと気が付いた。葉ちゃんの足元にはたくさんの硝子の破片のようなものが落ちていた。大小さまざまな硝子の欠片。きらきらと小さな悲しい光をたくさん放っている。私にはなんだかそれが毒のように熱く痛かった。目に入れたくない。壊れた光なんて見たくない。
けれど、目を逸らすことはできない。
目の前の葉ちゃんは人形のように表情が無く、微動だにしない。本当に存在するのか分からなくなりそうだ。これはやはり幻なのだろうか。私の意識は曖昧になる。夢か現か、幻か。
けれど、しばらくして人形のような葉ちゃんが口を開いた。
葉ちゃんが言う。
「俺を汚してくれ」
―お前の血で―
葉ちゃんは空虚な目で私を見ていた。そして、その言葉は冷静な音をしているけれど、どこか悲壮な色をしている。
私の口は私の心を置き去りにして言葉を刻む。私はそれをどこか不思議な気持ちで感じていた。
(痛いのに、痛いのに、いたいのに…。)
「あなたはすでに汚れているし、私はきっと汚れることができていない。それに、…それに、血はすべてを汚すようで、きっとすべてを清めるんだよ。きっと…」
最後の方は私の声は小さくかすれていた。その言葉は私の願いにすぎないのかもしれない。何もかもが不確かで、虚ろだから、この世界は悲しい。人は悲しい。
「ねえ、どこにもいかないで。どこにもいかないで。お願い…。私を連れて行って、私と溶けてしまって。消えたいの」
「俺はお前を持っていくことはできないね。お前が草花や小石のように小さくて、ちっぽけで煌めくものだったらよかった」
「俺にはお前は眩しいよ」
「私にはあなたが眩しい」
葉ちゃんは足元に散らばった硝子の破片から、大きめのものを手に取った。ああ、そんなものを持ったら脆い皮膚は切れてしまうのに。きっと赤い血が流れてしまうのに。私はそんな風に思う。
けれど、葉ちゃんの皮膚は切れない。血も流れない。
葉ちゃんは私のもとへと近づき、手に持った硝子を私の方へと向けて、言った。青白い、顔。
「俺のもとへと来るか。
けれどもう俺はいない。何もない。何もない何もないんだ」
私は必死になって言葉を紡ぐ。
「葉ちゃんはいるよ。どこにだっているよ。草も木も空も人も魂も、すべてが葉ちゃんだよ。私だって葉ちゃんだもの…。
行く。私を葉ちゃんのところへ連れて行って」
葉ちゃんの目はとても悲しい。
私は悲しい気持ちでいっぱいになった。心の中の水が溢れて足元から沈んでいく。冷えた水。葉ちゃんを傷つけるすべてが嫌だ、葉ちゃんを悲しませるすべてが嫌だ。悲しい葉ちゃんが悲しい…。
私も葉ちゃんを悲しませているのだろうか。
葉ちゃんは手に持った透明な硝子の欠片を私の首筋に押し当てる。私の皮膚に硝子が食い込み、きっと私の命を終わらせてくれるのだろう。首筋から赤いあかい血となって私の魂が流れ出す想像をする。痛くて悲しい命。
私は瞳を閉じた。
いたい、いたい。
かなしい。
かなしい…。
空は何の色もなくて、目に映る景色はすべて幻。
そして、目の前にいるこの人は。
私の好きなこの人は、ただ私を見ていた。
棘が私に痛みを与える。
赤い血は涙のようだった。
私の目の前にいるのは、そう、葉ちゃんだ。
けれど、葉ちゃんは死んだ。
私は葉ちゃんが好きで、好きで、好きで、…好きで。気がおかしくなってしまうほどだったから、悲しくてすべてが無になった。こんな地獄はいらない、狂っているのは私ではない、狂っているのは世界だ。真っ黒な闇の中で、一つだけ灯った真っ赤な炎がすべてを焼き尽くしてしまう。そして、真っ白に飲み込まれてなにも、何も残らない。
この世は地獄だ。
そして、今、私は何もない空間で大きな蔦に何重にも絡まれて動けないでいる。体中に小さな小さな棘が突き刺さり、私に痛みを与える。皮膚は微かに赤い涙を流していた。
そんな私を見ているのは、死んだ葉ちゃん。
もう生きていない人間。大好きな人間。
手も足も顔もあって、全部同じで、死んだなんて嘘だったのだろうか。けれど、葉ちゃんは確かに死んだ。青い顔をして息をしてない物体となって横たわっていた。もう、いない。
ああ、私は悲しみからおかしくなってしまったのだろうか。それとも私も死んでしまったのだろうか。叶うならすべてが夢であったと、悪夢だったとそう言ってほしい。
わたしは自由になる目だけであたりを見回す。ここはどこだろう。色のない空のような無限の空間がただ広がっている。他には何もない。すべて吸い込まれて消えてしまいそう。色のない闇。
これは夢の世界かもしれない。いいえ、夢も現実も虚ろなまぼろしでしょう。一体それに何の違いがあるんだろう。
そして、私はふと気が付いた。葉ちゃんの足元にはたくさんの硝子の破片のようなものが落ちていた。大小さまざまな硝子の欠片。きらきらと小さな悲しい光をたくさん放っている。私にはなんだかそれが毒のように熱く痛かった。目に入れたくない。壊れた光なんて見たくない。
けれど、目を逸らすことはできない。
目の前の葉ちゃんは人形のように表情が無く、微動だにしない。本当に存在するのか分からなくなりそうだ。これはやはり幻なのだろうか。私の意識は曖昧になる。夢か現か、幻か。
けれど、しばらくして人形のような葉ちゃんが口を開いた。
葉ちゃんが言う。
「俺を汚してくれ」
―お前の血で―
葉ちゃんは空虚な目で私を見ていた。そして、その言葉は冷静な音をしているけれど、どこか悲壮な色をしている。
私の口は私の心を置き去りにして言葉を刻む。私はそれをどこか不思議な気持ちで感じていた。
(痛いのに、痛いのに、いたいのに…。)
「あなたはすでに汚れているし、私はきっと汚れることができていない。それに、…それに、血はすべてを汚すようで、きっとすべてを清めるんだよ。きっと…」
最後の方は私の声は小さくかすれていた。その言葉は私の願いにすぎないのかもしれない。何もかもが不確かで、虚ろだから、この世界は悲しい。人は悲しい。
「ねえ、どこにもいかないで。どこにもいかないで。お願い…。私を連れて行って、私と溶けてしまって。消えたいの」
「俺はお前を持っていくことはできないね。お前が草花や小石のように小さくて、ちっぽけで煌めくものだったらよかった」
「俺にはお前は眩しいよ」
「私にはあなたが眩しい」
葉ちゃんは足元に散らばった硝子の破片から、大きめのものを手に取った。ああ、そんなものを持ったら脆い皮膚は切れてしまうのに。きっと赤い血が流れてしまうのに。私はそんな風に思う。
けれど、葉ちゃんの皮膚は切れない。血も流れない。
葉ちゃんは私のもとへと近づき、手に持った硝子を私の方へと向けて、言った。青白い、顔。
「俺のもとへと来るか。
けれどもう俺はいない。何もない。何もない何もないんだ」
私は必死になって言葉を紡ぐ。
「葉ちゃんはいるよ。どこにだっているよ。草も木も空も人も魂も、すべてが葉ちゃんだよ。私だって葉ちゃんだもの…。
行く。私を葉ちゃんのところへ連れて行って」
葉ちゃんの目はとても悲しい。
私は悲しい気持ちでいっぱいになった。心の中の水が溢れて足元から沈んでいく。冷えた水。葉ちゃんを傷つけるすべてが嫌だ、葉ちゃんを悲しませるすべてが嫌だ。悲しい葉ちゃんが悲しい…。
私も葉ちゃんを悲しませているのだろうか。
葉ちゃんは手に持った透明な硝子の欠片を私の首筋に押し当てる。私の皮膚に硝子が食い込み、きっと私の命を終わらせてくれるのだろう。首筋から赤いあかい血となって私の魂が流れ出す想像をする。痛くて悲しい命。
私は瞳を閉じた。