恋愛小説
「こんな怪我で済んだのは奇跡よ。ちょっとは、自分の立場も考えなさい。あなたに何かあったら、私、美冴に顔向けできないわ」
「すみません」
士朗は短く詫びて、唇を噛んだ。
「で、どうするの。これから」
志麻は左手で右の肩を揉む仕草をしながら、士朗の様子を伺った。
士朗は、すっかり冷めてしまったコーヒーを舌の上で味わいながら、壁の一点を見つめ何か考えこんでいた。どうやらこれ以上、志麻の質問に答える気はないらしい。いや、ひょっとしたら彼の中でまだその答えすら見つかっていないのかもしれない。
志麻は「やれやれ」というように首を振り、
「悪いけど、私は仮眠を取らせてもらうわね。あなたも少し眠ったほうがいいわ」
と、小さな枕と毛布を棚から下ろすと、士朗の腰掛けている簡易ベッドの上に無造作に投げた。
そのまま、部屋を出て行こうとする志麻に、士朗は、
「S計画の内示。女医にも出ましたよね」
と、呼びかけた。
志麻は、ゆっくりと振り返って頷いた。
士朗は、それに応えるように大きく頷くと、頬の緊張をゆるめ、
「これからも、よろしくお願いします」
と言って、寝間を整えにかかった。