ザ・愛国者
民雄は、東京は九段下にある靖国神社の大きな鳥居を眺めていた。
なぜ、こんなところに来てしまったのか。だが、こここそが彼の行き着く場となってしまった。
近未来の日本、国民の間の格差が増大。貧困層も増大。
18歳の民雄は、そんな日本の極貧困層の家庭で育ち、今や独りぼっちである。
一家は貧しく、中学卒業後、高校にも行けず、アルバイトを転々。父は、工場の作業員だったが、安月給で過労の末、体をこわし医療費が払えず病院に行けず死亡。その後、母と自分だけになったが、母親は、金持ちの男と不倫して、自分を見捨てた挙げ句、その後、自らも不倫相手に見捨てられ、そのショックから自殺。
民雄はバイト先では、過労とさんざんないじめに遭い、これ以上、仕事をする気を失っていた。どんなに働いても父と同様に生活をしていくのがやっとという状態。まさに働けど貧しいワーキングプアだ。
もうこんな人生から抜け出したい。しかし、父や母のように死ぬのは嫌だ。
何かいい仕事、というよりも、人生に対して生き甲斐を持てることはできないか。
そんな時、いつものようにねぐらとしているネットカフェのパソコンでたまたま見つけた「愛国者募集」の広告サイトを閲覧し、関心を持ち、はるばる埼玉から歩いては、東京九段下の靖国神社にやってきた。
とてつもなく大きな鳥居を抜けると、そこは、風格ある佇まいのする神聖世界。集会場で愛国者を募集していると、日当で働き政治宣伝活動をするのが仕事らしい。キャッチフレーズは「誇り高き日本国民になることが仕事」だった。
集会場には、大きな日の丸が掲げられていた。
一人の貫禄ある中年男が、壇上に立っていた。ネットのサイトでは、この男の写真が大きく掲げられていた。田父神俊夫という元自衛官幹部で、愛国運動をするため自衛隊をやめ、次期衆議院選では、「愛国党」を立ち上げ、党首議員として立候補する予定だとマスコミで話題になっている。
田父神の顔には特徴があった。カリスマ性をおびたきりっとした細身の輪郭。そして、少し横から見ると顎からやや片側が少し曲がったように見える顔付き。何でも、それは数年前に受けた脳外科手術のせいだと。田父神が演説を始めた。声には張りがあり、これまたカリスマ性がある。
「今、日本は未曾有の危機にさらされている。我々は誇りを失おうとしている。これまで、日本は悪い国だという刷り込みから、いい国であるという自信を持てなくなっている。そんな、状況を打破したく、我々のような祖先からの伝統を重んじる保守たる愛国者が立ち上がらなければならん。君たちは、国をしょって立つ英雄なのだ。もっと声を上げよう。誇り高き日本を取り戻そう。ここ靖国に眠る英霊たちの名に恥じない日本人となろうではないか」
集会場に一斉に拍手が起こった。集まっているのは、民雄と同じくらいの年齢層の若者たちが大半だ。
民雄は、演説になぜか励まされた気分になった。
日本人であること、そんなことは、ただ当たり前のように受け取っていた事実だ。しかし、そんな当たり前のことで自分に自信が持てる。誇りが持てる。日本は伝統のある美しい国。そうだ、自分には日本という国があるのだ。そんな国の国民である自覚を持つことが生き甲斐になるのだ。
よし、やろう! 民雄は決意した。
うれしいのは、この「愛国党」に入党すれば、最低限、食わして貰える。寮があり、住むところも与えられ、布団の上で足を伸ばして寝られる。少しばかりの小遣いも貰える。だが、規律が厳しい。入党と同時に頭を丸坊主にされた。朝5時に起きて、国旗掲揚、「君が代」斉唱、寮の掃除、食事当番。党には、田父神を追って入党した元自衛官がいて自衛隊仕込みの肉体教練、格闘技訓練などもある。時に田舎の山荘に行き、合宿もする。外での活動は、ビラ配り。街宣車での演説。
だが、充実していた。隊員は、皆、情熱がこもっていた。陰湿なイジメなどない。皆、純粋で真面目である。真剣に国のためを想い行動している人ばかりだ。皆、心が一つで一致団結していた。国に命を捧げることこそが最上の喜び、栄誉であると信じた。いざとなったら軍人になることを目指した格闘や軍事訓練の日は、訓練前に「海ゆかば」という軍歌を歌った。本来なら准国家にすべき歌だと思うべき歌。
海行かば 水漬(みづ)く屍(かばね)
山行かば 草生(くさむ)す屍
大君(おおきみ)の 辺(へ)にこそ死なめ
かへりみはせじ
(長閑(のど)には死なじ)
党首の田父神は、衆院選に当選。その他、30人ほどが議席を獲得した。新参の党としては、多くの議席を獲得した方だが、与党とは大きな差がある。まだ、これからだ。
国を愛すればこそ、国の歴史は正しく学ぼうということで、これまで学校で習ってきた歴史を習い直すこととした。日本は、過去に侵略行為などしていない。日本は、他国にはめられ、やもえず自尊自衛の行動として戦争を始めたに過ぎない。日本軍が過去に犯した一般市民に対して犯した略奪、強姦、殺戮は、みな、デマだ。左翼の学者が、自国を貶めようとして作りあげたデマに過ぎない。そんな風に教えられた。
憲法9条は、敗戦後、占領軍が日本の戦意を失するため作った洗脳平和主義の象徴だ。変えなくてはならない。というより、目指すは、この条文の死文化、または憲法停止して、新たなる憲法を制定し軍隊を持ち国の形を作り直そうという考えも教え込まれた。
民雄は、最強の愛国者となった。仲間もいる。命をかける拠り所、日本国民であるということが自信とプライドをもたせた。孤独で惨めな自分ではもうない。
愛国者として、愛する国を侮辱する態度を取る人々は許せなかった。民雄は、ある反戦集会に仲間と共に殴り込みをかけに行くことにした。何でも、政情不安定な中央アジアの国に政府が、自衛隊を派遣するということに反対の意志を表明する集会だそうだ。愛国党は、野党であったが、与党と同じく自衛隊派遣には賛成だ。だが、与党と違い、単なる人道援助のためだけではない。政情を狂わしている反政府ゲリラと対決してテロ撲滅に向けた行動を取るためだ。それは明らかに憲法違反となる。しかし、それでも強行すべきだと愛国党は主張する。与党を含め、一部に理解者が出だしている。世論も追随し始めている。自衛隊派遣は、最初は人道援助でも、いずれは憲法違反の戦闘行動に移るに決まっている、政府は軍国主義を復活させようとしている。許せない、戦争反対、派兵阻止というスローガンを掲げ、集会を開いている団体だ。
街宣車で公園の野外集会場に向かった。
「9条を破棄するな」「軍国主義復活反対」と幟と共にスローガンを掲げ、想い想いの演説をしている。集会の後、デモをする予定だと聞く。
民雄と仲間は、街宣車から、負けずとスピーカーを通して、妨害の野次を放った。
「貴様ら、国賊か。国家の決定に不満を述べるのは非国民だ」
「国の決定に従えないものは、この国から出ていけ」
と勇ましい叫び声を大音量にして叫ぶ。
すると、相手も負けていない。スピーカーを使い、反撃の弁を述べた。
「お前ら、何も分かっていないな。利用されいるんだよ。愛国心とか乗せられて」
なぜ、こんなところに来てしまったのか。だが、こここそが彼の行き着く場となってしまった。
近未来の日本、国民の間の格差が増大。貧困層も増大。
18歳の民雄は、そんな日本の極貧困層の家庭で育ち、今や独りぼっちである。
一家は貧しく、中学卒業後、高校にも行けず、アルバイトを転々。父は、工場の作業員だったが、安月給で過労の末、体をこわし医療費が払えず病院に行けず死亡。その後、母と自分だけになったが、母親は、金持ちの男と不倫して、自分を見捨てた挙げ句、その後、自らも不倫相手に見捨てられ、そのショックから自殺。
民雄はバイト先では、過労とさんざんないじめに遭い、これ以上、仕事をする気を失っていた。どんなに働いても父と同様に生活をしていくのがやっとという状態。まさに働けど貧しいワーキングプアだ。
もうこんな人生から抜け出したい。しかし、父や母のように死ぬのは嫌だ。
何かいい仕事、というよりも、人生に対して生き甲斐を持てることはできないか。
そんな時、いつものようにねぐらとしているネットカフェのパソコンでたまたま見つけた「愛国者募集」の広告サイトを閲覧し、関心を持ち、はるばる埼玉から歩いては、東京九段下の靖国神社にやってきた。
とてつもなく大きな鳥居を抜けると、そこは、風格ある佇まいのする神聖世界。集会場で愛国者を募集していると、日当で働き政治宣伝活動をするのが仕事らしい。キャッチフレーズは「誇り高き日本国民になることが仕事」だった。
集会場には、大きな日の丸が掲げられていた。
一人の貫禄ある中年男が、壇上に立っていた。ネットのサイトでは、この男の写真が大きく掲げられていた。田父神俊夫という元自衛官幹部で、愛国運動をするため自衛隊をやめ、次期衆議院選では、「愛国党」を立ち上げ、党首議員として立候補する予定だとマスコミで話題になっている。
田父神の顔には特徴があった。カリスマ性をおびたきりっとした細身の輪郭。そして、少し横から見ると顎からやや片側が少し曲がったように見える顔付き。何でも、それは数年前に受けた脳外科手術のせいだと。田父神が演説を始めた。声には張りがあり、これまたカリスマ性がある。
「今、日本は未曾有の危機にさらされている。我々は誇りを失おうとしている。これまで、日本は悪い国だという刷り込みから、いい国であるという自信を持てなくなっている。そんな、状況を打破したく、我々のような祖先からの伝統を重んじる保守たる愛国者が立ち上がらなければならん。君たちは、国をしょって立つ英雄なのだ。もっと声を上げよう。誇り高き日本を取り戻そう。ここ靖国に眠る英霊たちの名に恥じない日本人となろうではないか」
集会場に一斉に拍手が起こった。集まっているのは、民雄と同じくらいの年齢層の若者たちが大半だ。
民雄は、演説になぜか励まされた気分になった。
日本人であること、そんなことは、ただ当たり前のように受け取っていた事実だ。しかし、そんな当たり前のことで自分に自信が持てる。誇りが持てる。日本は伝統のある美しい国。そうだ、自分には日本という国があるのだ。そんな国の国民である自覚を持つことが生き甲斐になるのだ。
よし、やろう! 民雄は決意した。
うれしいのは、この「愛国党」に入党すれば、最低限、食わして貰える。寮があり、住むところも与えられ、布団の上で足を伸ばして寝られる。少しばかりの小遣いも貰える。だが、規律が厳しい。入党と同時に頭を丸坊主にされた。朝5時に起きて、国旗掲揚、「君が代」斉唱、寮の掃除、食事当番。党には、田父神を追って入党した元自衛官がいて自衛隊仕込みの肉体教練、格闘技訓練などもある。時に田舎の山荘に行き、合宿もする。外での活動は、ビラ配り。街宣車での演説。
だが、充実していた。隊員は、皆、情熱がこもっていた。陰湿なイジメなどない。皆、純粋で真面目である。真剣に国のためを想い行動している人ばかりだ。皆、心が一つで一致団結していた。国に命を捧げることこそが最上の喜び、栄誉であると信じた。いざとなったら軍人になることを目指した格闘や軍事訓練の日は、訓練前に「海ゆかば」という軍歌を歌った。本来なら准国家にすべき歌だと思うべき歌。
海行かば 水漬(みづ)く屍(かばね)
山行かば 草生(くさむ)す屍
大君(おおきみ)の 辺(へ)にこそ死なめ
かへりみはせじ
(長閑(のど)には死なじ)
党首の田父神は、衆院選に当選。その他、30人ほどが議席を獲得した。新参の党としては、多くの議席を獲得した方だが、与党とは大きな差がある。まだ、これからだ。
国を愛すればこそ、国の歴史は正しく学ぼうということで、これまで学校で習ってきた歴史を習い直すこととした。日本は、過去に侵略行為などしていない。日本は、他国にはめられ、やもえず自尊自衛の行動として戦争を始めたに過ぎない。日本軍が過去に犯した一般市民に対して犯した略奪、強姦、殺戮は、みな、デマだ。左翼の学者が、自国を貶めようとして作りあげたデマに過ぎない。そんな風に教えられた。
憲法9条は、敗戦後、占領軍が日本の戦意を失するため作った洗脳平和主義の象徴だ。変えなくてはならない。というより、目指すは、この条文の死文化、または憲法停止して、新たなる憲法を制定し軍隊を持ち国の形を作り直そうという考えも教え込まれた。
民雄は、最強の愛国者となった。仲間もいる。命をかける拠り所、日本国民であるということが自信とプライドをもたせた。孤独で惨めな自分ではもうない。
愛国者として、愛する国を侮辱する態度を取る人々は許せなかった。民雄は、ある反戦集会に仲間と共に殴り込みをかけに行くことにした。何でも、政情不安定な中央アジアの国に政府が、自衛隊を派遣するということに反対の意志を表明する集会だそうだ。愛国党は、野党であったが、与党と同じく自衛隊派遣には賛成だ。だが、与党と違い、単なる人道援助のためだけではない。政情を狂わしている反政府ゲリラと対決してテロ撲滅に向けた行動を取るためだ。それは明らかに憲法違反となる。しかし、それでも強行すべきだと愛国党は主張する。与党を含め、一部に理解者が出だしている。世論も追随し始めている。自衛隊派遣は、最初は人道援助でも、いずれは憲法違反の戦闘行動に移るに決まっている、政府は軍国主義を復活させようとしている。許せない、戦争反対、派兵阻止というスローガンを掲げ、集会を開いている団体だ。
街宣車で公園の野外集会場に向かった。
「9条を破棄するな」「軍国主義復活反対」と幟と共にスローガンを掲げ、想い想いの演説をしている。集会の後、デモをする予定だと聞く。
民雄と仲間は、街宣車から、負けずとスピーカーを通して、妨害の野次を放った。
「貴様ら、国賊か。国家の決定に不満を述べるのは非国民だ」
「国の決定に従えないものは、この国から出ていけ」
と勇ましい叫び声を大音量にして叫ぶ。
すると、相手も負けていない。スピーカーを使い、反撃の弁を述べた。
「お前ら、何も分かっていないな。利用されいるんだよ。愛国心とか乗せられて」