水面に浮かぶもの ―A POND―
「最近な、司の様子がちょっとおかしいねん」
アヤネがそうぼやきました。
「池とか井戸とかに水辺に近付いたりするとな、変な顔して水面見つめんの」
「こんな感じにな」
目の前の湯飲みを引き寄せて、アヤネはちょっと眉を寄せた思案顔でお茶の表面を見つめます。
「この前『どしたん?』って聞いたことあるんやけどな、そのとき司はこう答えたんや」
顔を湯飲みから上げた時、アヤネの表情は真剣なものに変わっていました。そして、
「『ここにもたくさんいる』って」
しばし沈黙の間を置いてから、ため息をつくウルフカットの少女。
「あっこに何がおるんやろうな。少なくともウチにはなーんも見えへんかったけど」
「……ほんとうね」
彼女の話を黙って聞いていた少女ナデシコは、表情にこそ出さなかったものの、背筋に異常な寒気を感じていました。
(水の中には、何がいるんだろう)
少少気にはなりつつも、直接張本人に問い質して答を知るぶんの勇気は、今の彼女には無かったのです。
(知らないほうが良いってこともあるのだし)
(聞かなきゃよかった……)
シュンと肩と三つ編みを小さく揺らしたナデシコは、食堂でたまたま出会った不運を秘かに嘆いたのでありました。
作品名:水面に浮かぶもの ―A POND― 作家名:狂言巡