「夢の中へ」 第十二話
「なんと!山崎の合戦で亡くなられたと聞き及んでおりますぞ。それ以前の約束ならば、しばし時間が過ぎているように思われますが」
「驚くでないぞ。絶対に他言してはならぬ。光秀様は名を変えられて存命じゃ。まどか様にぜひ会いたいとの仰せでわしがここへ参った次第なんじゃ」
「そのような事・・・にわかに信じられません」
「信じなくとも良い。とにかくまどか様を殿が居られる場所までお連れするので承知してくれ」
「まどかは腹に子が居りまする。長旅は差し障りますので、無理かと・・・」
「そのことじゃが、殿の方から以前世話になった庄屋の屋敷へ参られるので、出向いて来られたい」
まどかは自分が訪ねた事のある場所かと聞いた。
「私が光秀様とお話したお屋敷のことでしょうか?」
「そうじゃ。あの折は姿を見せなんだが・・・傍に仕えておったんじゃ」
「本当でございますか!お声を掛けてくださればまどかは誰にも他言するようなことは無かったのに」
「そう思ってはおったが・・・すまぬ。身分を隠しておったゆえ出来なんだ」
「いつ光秀様はお見えになられるのですか?」
「もう明日には屋敷に入られるであろう。くれぐれもお名前は光秀様ではなく、天海僧正と言われるように頼みまするぞ」
「天海僧正さま・・・お名前を聞いたことがあるような・・・」
「そなたは不思議な御仁よな。そのように何でも知っておられることがじゃ」
「いえ、そのように感じただけでございますから・・・お許しくださいませ」
「謝らぬともよい。では明日迎えに参るから日が昇る前までに用意をされて待たれるように」
「はい、心得ました」
作品名:「夢の中へ」 第十二話 作家名:てっしゅう