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テポドンの危機

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キム氏はもちろんすべてを計算済みである。日本に攻撃を加えれば、即座にアメリカが報復攻撃を開始し、北朝鮮は砲火にまみれるであろう。これまでもそれを承知で、それでも、日本に威嚇攻撃を行ってきた。しかし、本当に核弾頭を打ち込むとなれば、まさに最後の手段。西側自由主義国全体を相手にした戦いとなる。そのような悲劇はそう容易く招くわけにはいかない。しかし、今度は別である。自国を代表する選手団、といってもその中には工作員も含まれている、が集団で亡命となれば国の威信は地に落ちる。そのようなことがなだれ現象で起これば、キム体制は崩壊したと当然である。これこそ、中心を失いかけた北朝鮮司令部の最も恐れるシナリオであった。国の威信を守るか、それとも命覚悟の戦争を行うか、まさにキム氏自身人生最大の選択を迫られる状況となった。

キム氏がおもむろに一人の高官に口を聞いた。
「サテガ….. ガヌンソン…..」
事体が変わる可能性はあるのか…?
男の一人は、ゆっくりと頭を横に振った。
「……!? ................!」
金氏は怒った様子で、声高に叫んだ。
なぜ、こんなことになった。お前たち管理の責任だ。
半ば演技を兼ねながら、しかし、彼らを怯えさせることは欠かさない。これこそキム総書記を支える北朝鮮支配体制の原則である。恐怖政治。威圧と、徹底した管理、統制。そしてほんのいくばかりのアメを与える。しかし、現体制はその懲罰による統制能力を失いつつあった。鏨がはずれかけていた。今度の集団脱藩も、裏を返せば、キム体制のほころびの象徴とも言えた。それだけに生ぬるい手段で許す訳にはいかなかった。キム氏自身、何としても断固たる処置を示す必要があった。

「いつでも攻撃態勢を整えよ。彼らが帰ってくるか、さもなければ…即座に、日本に攻撃を加える。」
これがキム氏の下した最後の決断だった。

北朝鮮指導部は、いわばやくざ、あるいはギャングたちと同じ構図である。彼らがもっとも恐れるのは面子、その失墜である。逆にその維持のためならば命をかける。もっとも、キム氏自身は、命が惜しく、したがってどうしても多くにわたり芝居がかることになる。しかも、彼は芝居の達人、千両役者である。

「。。。。。。。。(後はお前たちに任せる)」」
そういい残すと、彼は大きく両手を振って、扉を開けて外に出た。そして、彼は、一際大きな孤独に襲われた。そんな時、彼の起こす行動は決まっていた。世界から取り寄せた、極上の葉巻、そして、ワインの数々、それらを取り巻きの女とともに味わうことだった。唯一、それが、彼の不安な心を癒すよりどころとなっていた。

十二階に着くとエレベーターの扉が開いた。洋平はホールを右に横切って、進んでいった。左手に北朝鮮控え室。そう日本語と韓国語で書かれた部屋が見えた。
ノックをしようかと思ったが、洋平はそのまま扉を開けた。薄暗い闇の中で、一瞬むっと、暑い熱気が異臭とともに鼻を突いた、と、そのとき、洋平の左の肩口にガツンと言う鈍い音が響いた。洋平は左足の力が抜け、自分の体が思うように効かなくなった。そう思った次の瞬間、今度は右の肩にもう一撃、鈍い音。腰が砕け、次第に意識が遠ざかるのを感じた。硝さん…そう叫ぶ間もなく、洋平は暗い闇の世界へと落ちて行った。
“イー チョッサラム…..(この男は気を失ったぞ)”
遠い闇の世界で何者かがささやく声がした…

一方、アメリカ、ホワイトハウスでは、レポートを読み終えた、面々が、一様にため息をつきながら、互いに顔を見合っていた。
開口一番口を開いたのは、いつも会議では陽性の、パウエル氏であった。
「それで、われわれの行動はいかなるものですか、Mr. President?」
パウエル氏は、政府中枢の中でももっとも礼儀を重んじる人物で、誰にも敬称を怠らなかった。海軍育ちで培った習性であるが、一方で、穏健派の彼は、時として、劣勢にたたされることも多かった。
強硬派、タカ派で知られる、ラムズフェルド氏が、彼を押さえるように言った。
「もちろん、われわれはいつでも攻撃準備ができている。われわれは中東と、朝鮮半島の二つを鎮圧する十分な軍力がある。」
まるで自分の軍隊のように、いかにも自身ありげに答えた。
“What is our action, Mr. President!?” (我々の行動を、お聞かせください!大統領)
パウエルが再び、その眼鏡の奥の大きな目をさらに見開いていった。


“We have an option of preemptive attack. “(先制攻撃の選択もある….)
Preemptive attack とはプッシュ政権発足直後、そのうたい文句となった、先制攻撃である。相手の敵意が明らかな場合、こちらから、積極的に攻撃を仕掛ける。そして、周知のごとく、北朝鮮、そしてイラン、イラクは名指しでAx of evel.つまり、悪の枢軸とされていた。その代表の北朝鮮が、いまや日本に攻撃を仕掛けると宣言してきているのである。本土から離れているとは言え、日本はアメリカの同盟国。果たして、何らかの報復を行わなくてはならない。何より、世界から独裁政治を葬りたいと考えるプッシュ大統領にとっても、格好の攻撃の口実ができるという計算もあった。
アメリカにとっては、日本の安否より、むしろ、核拡散の防止と、また共産主義の根絶のほうがより重大な関心事であった。

“We are ready to fight any time. But, only after they attack us. We have an example of Iraq. We are unable to initiate our preemptive action, this time.”
(攻撃準備はいつでも整っている。しかし、あくまで彼らが攻撃に出てからだ。イラクの例もある。今回は、先制攻撃は出来ない。)

プッシュ大統領はそう語った。当然である。イラクへの攻撃で、もはや、支持率が30%台に落ち込んだアメリカとして、再び同じ鉄を踏むわけにはいかなかった。アメリカが攻撃を開始するのは、それはあくまで、北朝鮮がミサイル発射などの攻撃を仕掛けた後に限られる。
「日本には既に核弾道砲撃用ミサイル、など、格好の兵器が、配置済だ。ある意味、それらの実験にもなる。」
ラムズフェルドが。いかにも実務家らしい分析をした。すると隣のライス長官が、攻撃ミサイルの位置や性能、その能力など、詳しい分析データを話し始めた。
パウエルは、その横で、苦々しい顔でデータの詳細に耳を傾けていた。

会場では第二ステージのスピードスケートショートトラックの試合が行われようとしていた。ここには日本代表選手の寺尾そして、アジア各国、とりわけ韓国代表のチョンリー、そして女子では有力候補、陽陽間などの出場が話題を呼んでいた。予想通り、日本の活躍だったが、それを抑えて、アジア勢、特に若手台頭の韓国選手達の活躍が際立った。華麗なスケート捌きに、緊張感を伴った、スリルあふれる競技に誰もが目を奪われていた。
作品名:テポドンの危機 作家名:Yo Kimura