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プラムズ・フィールド 〜黒衣の癒師〜 【第八章】

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「自分自身に聞いてみればわかることです。それに、ここはエルダーではありません」
「えっ? じゃあ、いったい……」
 そのとき、足下にぽっかり穴が空き、私は青空の中へ落ちていきました。
 天の穴から私を見ている黒衣の女。
 フードが風に煽られ、顔が一瞬だけ見えました。
 あれは、私?
 ふと下を見ると、青い海がすぐそこまで迫っていました。

「うあああああ!」
 私はがばと身を起こしました。
 ……が、肩の痛みにうめいて、すぐにまた枕に頭をつけました。
 土間に枯れ草を敷いただけの寝床。そばには、あぐらをかいて私を見守るマーロウさんの姿がありました。
「大丈夫ですか?」
「私、もしかして、死にかけてました?」
「ホック族の矢の毒がまわって、危ういところでしたよ。でも、よくわかりますね」
「やっぱり……ということは、私の顔をしたあの人は……」
「誰のことですか?」
「い、いえ、こちらの話です。ところで、原住民の方々は私について何と?」
 マーロウさんは笑いをこらえながら言いました。
「パスクの民を窮地から救った聖者だと言ったら、神々を怒らせたら大変だと、大慌てて解毒薬を持ってきましたよ」
「そんな大げさな……」
「事実ですから。あなたは自分が聖者だという自覚を持たねばなりません」
「な……いきなり、どうしたんですか?」
「うたた寝していたら、あなたにそう伝えるようにと、あなたの姿をしていた誰かが言っていました」
「それは、私ではないんですね?」
「うーん。そう言い切ってしまうと、嘘になる気がします。上手く言えませんが……」
「……」
 私は自分が何者なのか、わかりかけているようで、同時にわからなくなってきました。

 毒が抜け傷がふさがり、体力が戻った私は、すぐに川下りのつづきを望みました。ところが、ちょっと厄介な問題が生まれて、数日の間、足止めを食っていました。
 ホック族の人々は、私に次から次へと食べ物や貴石のアクセサリーを持ってきて、『聖者』のご機嫌を伺おうとするのです。
 それを断ろうものなら、この世の終わりかと、彼らは絶望するのでした。
 賓客用の草葺き小屋に閉じこめられていた私は、マーロウさんを呼んで相談をもちかけました。
「この調子では、村から出て行くなんて、とても言えそうにないです」
「僕に任せてください」

 マーロウさんは、黒土色の肌をした裸の村人たちを森の広場に集め、座らせると、現地の言葉で何か言いました。
 長老らしき白髪白髭の男が最後にふらりとやってきて、パスク人と言葉を交わしはじめました。
 すると、興奮した若者が立ち上がり、二人に食ってかかりました。
 中年の男たちが若者を取り押さえ、長老があれこれ言って聞かせ、やがて集会は終わりました。
 マーロウさんは草葺き小屋に戻ってくると、私に言いました。
「すぐに出発できますよ」
 広場の様子は伺えたものの、言葉がわからない私は、状況がつかめないでいました。
「何を話し合っていたんですか?」
「かなり持ち上げておきましたから、覚悟してくださいね」
 マーロウさんは笑いました。
「持ち上げたって……聖者より上なんていったら……」
「癒術の神様は今、東の彼方の島に大事が用があるんでしょう?」
「や、やめてください」
「とにかく、神の仕事の邪魔をすると、絶望ぐらいじゃ済まされないぞ、というわけです」
「あの聡明そうな若者はきっと、嘘を見破っていたんですね」
「僕は嘘だとは思ってませんけど?」
「も、もう! 駄弁ってないで、早く行きましょう」

 私とマーロウさんは、ホック族の縄張りを出ると、カヌーでさらに川を下りました。
 やがて、砂州のある河口と、その先に広がる東の海が近づいてきました。
 河口岸の砂浜に乗り上げると、二人は舟を下り、別れの握手を交わしました。
 マーロウさんは言いました。
「さよならは言いません。また、会えるような気がしますから」
 私は言いました。
「その頃には、あの恐ろしいスライダーは改良されているでしょうか?」
「プラムさん専用の足場と着地場を作っておきますよ」
「いえ、そういうことじゃなくて……」
 二人はどちらからともなく笑いました。
「ではまた、いつか」
 私は遠くにかすんで見える集落を目指して、海岸の砂丘を歩いていきました。