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「妄想」出張版
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novelistID. 37186
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復興した国

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しばらくするとその火が、国の西側から一つずつ侵食するようにその数を増しながら消えていく。広場の聖火台のところでは人々が西の方を見て逃げるようにその場を去っていくのが見えた。広場の火も飲み込まれていく。人々の叫び声は雨に打ち消されてここまで聞こえない。あまりにも静かに、そして短時間の出来事だった。城壁の上に立てられた火も点々と消えていってやがて光を放つものは何もなくなった。
それは大洪水が国を飲み込んだことを示していた。

「あの国の人達は本当に復興したのだろうか?」
兄さんはつぶやくように言った。
「復興したつもりになっていたんじゃないか。瓦礫は取り除いた。家を建てた。産業を始めた。復興を祝う祭りを作った。洪水を防ぐために城壁を作ったし、川を作って水量を減らした。…けどそれが彼らに一体何をもたらした?資源を取るために無理やり川を増設し、そして全て持っていった。それは復興のために使われたのかもしれないけど、その行為が自分達の首を締め付けていることに気がつかなかった。洪水を防ぐための城壁は今や水を逃さない水槽になって、水量を減らすための川は洪水の原因となった。そして余所者が作った物をそのままずっと整備することなく、何も策を講じることなく、それが当たり前のように、他人事であるかのように使っていた。それも自分達の復興だと信じて止まなく、それだけしか考えなかったんだ!何も学ばずに、復興復興と騒いでいただけじゃないか!当事者であるのにも関わらず見るべきものから目を背け続けていたんじゃないか!」
罵倒するように兄は言った。

「…レオ、小さい頃の絵本の話覚えているかい?巨大な動く城の国のお伽話」
「確か、人達が機械で動く城を作って世界中を旅する話でしょ」
「そうだ。あのお伽話は最後に城が壊れて動けなくなって終わり。けど城が壊れたのはそれが初めてじゃない。いろいろな場所へ行った城はある日動力が故障してしまった。海水の水が入り込んでおかしくなってしまったんだ。城の動力には人間にとって有害な物質が使われていて死んだ人も出た。犠牲を払いながらやっと修理したけど、城は海を渡ることができなくなった。城を止めて旅をやめようという人もいたけど自分達の世界から出ていくことはできなかった。そしてまた動力が故障した。長年の走行でできた亀裂から雨水が漏れていたんだ。それが少しずつ負担になって人達が気づく頃には、動力は完全に壊れ、漏れ出した物質で多くの人達が死んだ。残った人達はようやく城を出ることを決めて、外への扉を開いた。そしたら外は氷の世界だった。今まで城の中で生活をしていた彼らは、その時初めて別の世界の空気を吸った。温度に触れたんだ。そして自分達がどこにも引き返せない状況であることを悟った…っていう感じの話さ。他の場所へ行こうとして出て行ったのに、いつ危険が訪れるかわからない城の生活に満足して外の世界に触れることなく、過ちを反省せずに進み続けた自分達の愚かさに最後は絶望するしかなかった、って話だよ」
兄さんは続けた。
「この国と何が違うんだい?反省したつもりになって彼らは何か大切なことを忘れていたんじゃないか。復興したつもりになっていて何か重要なことを見落としていたんじゃないか!本当に見るべきもの考えるべきものを避けていたんじゃないか!」

僕たちの間に言葉無き沈黙が訪れる。それでも雨は激しい音を立てながら降り続いていた。
「…俺達も同じだ」
聞き漏らしてしまいそうなくらい小さな嗚咽だった。
「この国に来る前、ずっと考えていた。俺達は旅を始めてもうすぐ3年になる。なのにどうしてこんなにも死に近づいているんだって。そりゃもちろん旅に危険はつきものだけど、日に日に自分がまた一歩、この世界じゃないどこかへ向かっていくように思えていたんだ。そしたらふと気がついたんだ。俺は一体何を恐れているんだろうって。何から逃れようとしてこんな目にあっているんだろうって。本当に恐れるべきものじゃなくて、別のものを恐れて逃げたせいでこうなっているんじゃないかって思えてきたんだ」
その話を聞いて、僕は自分の胸の内が書かれた紙を兄さんが朗読しているかのように思えた。「僕も同じことを考えていった」と打ち明ける。
「何か別のモノを恐れるべきだったんじゃないか。それに引き寄せられているんじゃないか。何か大事なことを忘れているんじゃないかって」
それを聞くと兄さんはうつむいていた顔を上げた。

「なぁレオ、俺達は自然を恐れるべきだったんじゃないか?」
その言葉が強く胸に突き刺さった。体中の血液が沸騰しているかのように全身が熱くなる。
「そんなこともうずっと昔に知っているし、誰だってそんなこと知っている。けどそれを知っていたつもりになっていたんじゃないか。ただ知っているというだけで何もしなかったんじゃないか。機械で自分達の世界を作ろうが、自分達で困難を乗り越えようが、戦禍から逃げようが、自然を恐れることを忘れてはいけなかったんじゃないか」
僕は今一度、国のあった方へ目を向けた。真っ暗で何も見えなかった。闇が広がっていた。兄さんと僕はその真理を改めて知ったから、思い出したから、あっちの世界へ行くことはなかったんだろうか。
「国に流れる川は下流でもとの川と合流する。あの錆びた橋のある川とだ。けどそれも水の流れに逆らっている。水は溢れ出して谷を通りその下にある国々へ直撃する。…今戦争をしている2つの国にだ。錆びた橋の川も、木が伐採された川もそれらの国に流れている。あの土地は窪地になっているから洪水が襲うのは間違いないな。祭りをしていた国が滅び、戦争をしている国も滅びる。皮肉的な話だろ?たとえ人がお互いに笑い合っていても、お互い憎しみあっていても、自然は全て飲み込んでいくんだ。忘れてはいけないことを忘れると俺達も同じようになる」
「けど兄さん、人間はそんなにうまくいかないよ。忘れる時は忘れるし、それができるからこうして楽しんだり、笑ったり、怒ったり、悲しんだりできるんじゃないか」

「そうだな、レオ。…だから歴史は繰り返されるんだ」
非常なまでの真実を兄さんは悲しそうにつぶやいた。
「忘れてはいけないことを忘れればいつか滅びるだけだよ」
兄さんは歩き出した。
僕もそれに続く。モーターサイクルを手で押して山道を登っていく。山は緩やかだったけど、今は歩きたかった。兄さんもそうなのだろう。
兄さんは何回も後ろを振り向いて国があった場所を見ていた。僕も兄さんが立ち止まってそうする度に後ろを振り向いた。何をしているのか聞いてみるとただ一言、
「忘れないために目に焼き付けている」
とだけ答えた。僕も目に焼き付けておこうと思った。
やがて道が下りに差し掛かった、おおよそ山の頂上付近で兄さんがもう一度振り返ったのを最後に、僕らは後ろを見ることはなかった。

僕は空を見上げた。
大粒の水滴が突き刺すように顔へと降り注ぐ。激しく、痛く―――。
悲しく、無情なほどまでに雨は降り続いていた。


作品名:復興した国 作家名:「妄想」出張版