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プラムズ・フィールド 〜黒衣の癒師〜 【第七章】

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「死因など一つしかないと考えていたが……いかんいかん、固定観念に捉われているようじゃ、考古学者なんか務まらないな」
 私は博士の体に両手をかざして癒しの念を送った後、トランクを手にして言いました。
「これから一週間、博士のお仕事は、栄養を摂りゆっくり休むことです。いいですね?」
「三日じゃダメ?」
「さらに二週間休むことになってもいいなら、構いませんけど」
 ヒソップ博士は苦笑しました。
「他人の説には耳を傾けない主義なんだが、今の脅しはさすがに効いたよ。それで、君はこれからどうするつもりだい?」
「ヤーバの街を一回りして、人々を苦しめている本当の原因をつきとめたいと思います」

 私はヒソップ博士の名刺を借りて、彼の知人や大学関係者の家を訪ね歩き、事情を話して、ヴィステリアにかかった方の体を診察させていただきました。
 瞑想して患者の体とつながり、わかった共通点は驚くべきものでした。
 ヴィステリアの原因となる細菌が、短い期間で体の性質を変え、薬に抵抗するようになっていたのです。診察しているその瞬間でさえ細菌は、流行りの言葉でいう『進化』をしていました。
 近年発表された『生物は環境の変化に合わせて体を適応させる』という学説は、まだ一般的ではありませんが、近いうちに世間を大いに騒がせることになるでしょう。

 次に私は、伝染病専門の火葬場へ行って、まだ亡くなって間もない方の、焼かれる前の体を調べていきました。
 予見した通り、死因の半分はヴィステリア以外の病気によるものでした。つまり、彼らは薬の濫用によって体を弱めたせいで、ささいな病気で命を落としたのです。
 私は直感しました。抗生物質の使用は、まったくの無駄どころか、人類の未来をも暗くする、恐るべき過ちなのだと。

 ヒソップ博士の学友のなかには、カレンデュラ総合病院に勤める、ハウンズという青年医師がいました。彼は将来、この国の近代医療を背負ってたつ存在として、注目されているとのこと。
 さっそく私はヒソップ博士に一筆したためてもらい、ハウンズ医師を訪ねました。
 午前の外来診察を終えた色黒の青年は、事務机に向かったまま、次の患者を迎えるかのごとく、私に丸イスに座るよう促しました。
 バカにされているのはわかっていました。でも、先に怒ってしまったら私の負けです。ここは従うしかありません。
 ハウンズ医師は言いました。
「ヒソップ君の手紙は読ませてもらった。薬の効きが悪くなっているのは知っている。だが、それはどんな薬にもあり得ることだ。慣れだよ」
「でも今回のケースは……」
「もうすぐ完成する新型の薬なら、ヴィステリアは確実に撲滅できる。それまでの辛抱だと、彼には伝えてもらいたい」
「……」
 私は言いたいことが整理できず、黙ったままそわそわしていました。
「どうした? 帰っていいよ。話は終わりだ」
 カチンときた私は、後先考えずに口を開きました。
「どんなに優れた抗生物質を開発しても無駄です。体の構造が単純な病原菌はすばやく適応できますから、伝染病が絶えることはありません」
「なんだと?」
 ハウンズ医師は読みかけた書類を机に放って、私を凝視しました。
「誰の学説だ? ジンセン大学か? オピアムの国立病院か?」
「私は癒師です。患者の体の深淵をのぞくことができます」
 医師はため息をつきました。
「仮にその不思議な能力で、小さな虫を拡大できるとしてだ。そこからなんで、進化論流の詭弁につながるのかね?」
「それを語る前に、報告したいことがあります。伝染病専門の火葬場で死体を調べた結果、半分の方はヴィステリアに罹っていませんでした」
「バカな!」
 ハウンズ医師は立ち上がりました。
「急場をしのぐためなら、抗生物質は有効かもしれません。でも、予防のために出すのは、今すぐやめてください」
「罹ってしまえばもれなく急場だ。君は伝染病患者を野放しにしろというのか!」
「極論を言えば、その通りです。伝染病は神からの警告なのです」
「何の警告だ」
「世の中は絶妙なバランスで成り立っています。何かが一カ所に集まれば、バランスをとるため、それを解き放つ力が生まれるのです」
「わかるように言いたまえ」
「伝染病の唯一の解決法は、都市を解体し、人々が適度に離れて暮らすことです」
「原始時代に戻れというのか? 理想主義もいいところだ」
「それができないのなら、病の苦しみを受け入れるしかありません」
 ハウンズ医師の黒い顔がみるみるうちに汗ばんでいきました。
「今まさに苦しんでいる患者に、君は同じことが言えるのかっ!」
 私は深くうつむきました。
「……言えません。私は神様や聖人のように、残酷にはなれない」
 涙があふれてきて、しゃくり上げるしかありませんでした。
 もっといい方法がきっとあるはず。でも今はまだ……。
 ハウンズ医師は私の手をとって立たせると、静かに言いました。
「私は自分が信じる方法を試すだけだ。君もそうすればいい。今日はもう帰りなさい」
「はい……すみませんでした」

 帰り道の途中、私はふと気づきました。
 自分の考えに他人を従わせようとしても、平和は訪れないのだと。
 私は一人の癒師として、自分ができる範囲の仕事に専念することにしました。
 心の奥底に宿る、未知の概念をあたためながら……。


 第四十九話 最南端への路

 新暦二〇四年 夏

 ヤーバ市民を苦しめてきた伝染病騒動は、猛暑を迎えるとともに収束していきました。ヴィステリアは恐るべき病魔ですが、高温には弱く、季節をまたぐことはありません。
 ハウンズ医師が言っていた新薬は、今季は間に合いませんでした。従来の薬が効かず、多くの死者を出したカレンデュラ総合病院は、市民との間に大きな軋轢を生み、存続の危機に追いこまれることとなりました。
 静養していたヒソップ博士はすっかり回復して、大学の仕事に復帰しました。
 一方、すべての患者は救えないという無力感に苛まれながらも、私は癒師を信じてやってくる人々のために働きました。
 伝染病が収束したのをきっかけに、私はヤーバを発つことにしました。

 ヤーバ駅のプラットホームで、ローカル線用の『短い弾丸』列車に乗りこもうとしていたとき……。
 駅舎の方からヒソップ博士が走ってきました。
「よかった、間に合った」
「あれ? 今日も大学のほうでお仕事だったのでは?」
「そうなんだが、大事なことを言い忘れていたよ。コーカスへ行くつもりなら、ぜひ私の自宅を使ってくれ。古い団地だし、高いところにあってちょっと不便なんだが、宿代が浮くからいいだろう?」
 水龍に授かった水晶を売ったおかげで、私が旅費に困っていないことを、博士は知っているはず……。
 彼の本音がわかり、私は微笑みました。
「娘さんに言づてはありますか?」
 ヒソップ博士は顔を赤らめると、咳払いしました。
「あー、その、秋には帰るからと」
「承知しました。では、秋にまた会いましょう」
 弾丸鉄道の短い列車は、例のごとく爆発発車してヤーバを出発すると、惰性走行をつづけ、二時間ほどで南の最果てヨモ駅に着きました。