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プラムズ・フィールド 〜黒衣の癒師〜 【第六章】

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 不安や絶望といった思考や感情は、もともと人間に備わっているものです。それを薬で調節しようすれば、自然の摂理に抗うことになり、失敗するのは必然といえました。しかし、医師たちはそれを認めようとせず、新しい薬を開発しようと躍起になっています。
 この事態を一刻でも早く収めるには、私の心の内奥に秘められた、まだはっきりしない『何か』を解き明かさねばなりません。
 旅の虫がうずきます。でも、すべての患者が完治するまでは、マジョラムを出られません。
「ほら、またぼうっとしてる」
 ユーカさんは私の脇腹を肘で小突きました。
「す、すみません。すみません」
 私はベッドに横たわる患者とユーカさん、交互にぺこぺこ頭を下げました。
 二人の癒師は、図書館の宿舎棟の一室を借り、精神の病を専門とする小さな診療所を開いていました。
「気持ちはわかるけどね。せめて卒業生の誰かが通りかかってくれると、仕事が早くなるんだけど」
 この春卒業したばかりの人はまだ東の国でしょうし、二年目以降の旅人は、北の都クレインズで雪解けを待っているか、南の都ヤーバで寒さをしのいでいるか、二大都市ジンセンとオピアムで忙しくしているかのいずれかで、中途半端な位置にあるマジョラムは袖にされがちでした。
 卒業といえば、癒術学校……ヘイゼル諸島で知り合った少女、プリムローズさんの入試の結果が気になって仕方ありません。私の旅は、計画ではちょうど今頃終わっているはずでした。やっぱり間に合わなかった……。
「ううう……」
 これから施術だというのに、涙があふれてきました。自分ではどうしようもありません。
「なにも、泣くことないでしょ?」
 ユーカさんはため息をつくと、ハンカチでごしごし私の頬をぬぐいました。
 そのときです。黒いローブをまとった美男が、ぬっと部屋に入ってきました。
「話はメリッサ先生に聞いている。二人だけで大変だったろう」
「オ……」
 私が口を開こうとすると、ユーカさんが大声で遮りました。
「オークさん! どこにいたんですかぁ。んもう、待ってたんだからぁ」
 ユーカさんは子供っぽく身をよじりました。
「すまない。ネトルを警戒するあまり、慎重になりすぎていた」
 私は改めて口を開きました。
「癒師が三人になれば、ずいぶん楽になりますね」
 すると、ユーカさんはぶすっとした顔で、私の脇腹を小突きました。
「何言ってんのよ。荷物まとめてさっさと出ていきなさいよ」
「え? だってさっきは、仕事が早くなるとか……」
 ユーカさんは私に耳打ちしました。
「バカね、そのくらい察しなさいよ」
 私はユーカさんの顔が赤くなっていくのを見て、やっとわかりました。
「その、トイレ……行ってきます」
 私は苦笑いを残して部屋を後にすると、トランク片手に大図書館から出ていきました。

 マジョラム駅から弾丸鉄道に乗った私は、ボリジという駅で降りるつもりでいました。
 ボリジ駅は、南都ヤーバへ向かう本線と、世界の屋根と呼ばれるパスク地方へ行く支線との分岐点です。
 しかしまったく、慣れとは恐ろしいものです。
 例の爆発発車する列車に怯えていたあの私が、いつの間にか眠ってしまい、ボリジ駅で下り損ねてしまったのです。
 ハッと飛び起きたとき、列車はすでにシスル川に架かるサンデュー大橋の上にいました。シスル川はパスク山脈を源流とする、アルニカ四大河の一つで、世界最古の文明が興った地としても有名です。
 橋を渡りきると、そこはもう南国カレンデュラの領地。
 引き返すのが面倒だったのか、旅を急いでいたのか、ともかく私は、そのまま南国の都ヤーバまで行ってしまいました。