小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

プラムズ・フィールド 〜黒衣の癒師〜 【第六章】

INDEX|1ページ/6ページ|

次のページ
 
【第六章 南ウォールズ】


 第四十三話 幻想作家メリッサ

 新暦二〇四年 新春

 南ウォールズの中心都市マジョラムには、世界で最も古く最も大きな『クリスタニア図書館』があります。クリスタニアとは、大陸中部のヤロ湖から西の海へ注ぐクリスタ川以南——現南ウォールズと北ウォールズの一部——で栄えていた古代国家のことです。
 クリスタニア図書館には五つの棟があり、全体で五角形を作っています。棟一つだけでも大宮殿に匹敵するという、世界一の大きさ。膨大な蔵書もさることながら、貴重な歴史資料や稀覯本がたくさんあるということで、全国から大勢の人がやってきます。
 一日ではとてもまわりきれず、貸し出された本は市外に持ち出せないため、遠方から来る人々は宿代に悩まされました。
 高名な学者たちの熱心な呼びかけにより、今から三十年ほど前、六つ目の『宿舎棟』が中庭に新築されました。図書館を利用する人だけが格安で泊まれる、素泊まり専用の公営ホテルです。
 ウォールズの諺に『月に一度も大図書館を利用しない人は、マジョラム市民ではない』というのがあります。それを受けて、私は妙案をひねり出しました。
 雪の降る街をうろつくかなくても、図書館で見張っていれば、かなりの人の具合がわかるのではないか?
 というわけで、私はしばらくの間、大図書館内で過ごすことにしました。
 
 五つある棟のうち、私は文学の本が集まった『翡翠(ひすい)棟』に長居しています。
 他に『真珠棟』『瑪瑙(めのう)棟』『琥珀(こはく)棟』『瑠璃(るり)棟』とあるのですが、どこも専門書が中心で、一般市民の姿はあまり見かけません。
 なにしろ翡翠棟だけでも大宮殿一つ分ですから、かなりの人が出入りしています。それにもかかわらず、私が協力できそうな病人は、いつまでたっても現れませんでした。
 私は暇をつぶすため、メリッサという作家の幻想小説を閲覧コーナーで読みあさっていました。
 彼女は大陸の神話や歴史にまつわる物語をよく書いています。目に見えない存在や力についての造詣が深く、面白いだけでなく勉強にもなります。
 私は一冊千ページもある『クリスタニアの魔法』の第一巻を読み終えると、近くの書架まで行って二冊目を取り出そうとしました。
 背後を男の人が通ろうとしたので、私は道を開けようと背筋をのばしました。
 凍りつくような悪寒。
 私は分厚い本を取り落としました。
 通路を見渡しましたが、男はもういません。他の書架にまわっても、その人らしき気配の男は見かけませんでした。
 私は元の書架へ戻り、改めて第二巻を取り出しました。
 するとまた、一般の人と違うオーラを持った誰かが後ろを通ろうとします。
 私は正体をつきとめてやろうと、身を翻しました。
「あら、私の本じゃない。どう? 面白い? 率直な意見を聞かせて」
 四角い縁のメガネをかけた、三十代後半くらいの女性でした。
「あなたの本、といいますと?」
「ああそっか。外国の人じゃ、顔知ってるわけないわね。私はメリッサ、あなたが今持ってる本、書いた人」
「えっ? ええーーーっ!?」
 私の驚きは、図書館じゅうに響き渡りました。
 貸し出しカウンターにいる年配の女性司書が、ものすごい形相で私を睨んでいます。
「普通、そこまで驚く?」
「いえあの、私、メリッサさんのファンなんです! すすすぐ宿舎から本持ってきますから、サインいただけませんか?」
「それは構わないけど……」
 メリッサさんは私の黒衣をじろじろ見ています。次いで、左の耳たぶに注目しました。
「ちょっと見せて……これがエルダーの月蛍石? へぇ、こんな近くで見たの初めて。あなた、修行中の旅癒師よね?」
「よくご存知で」
「私、旅癒師にまつわる本も書いたのよ。残念ながらまったく売れなくて絶版になっちゃったけど」
「実在した人物のお話ですか?」
「そうよ。去勢した男の癒師っていうのが珍しくてね。名前はネトルっていうの」
「!」
 私はまた変な声が出そうになる前に、両手で口を塞ぎました。
「よく知ってるの?」
「い、いえ。男性の癒師というのに、びっくりして」
 私は本音を隠しました。メリッサさんはきっと、百年以上前に活動していた人物が当時の姿のまま生きているなんて、知らないはずです。それにしても、癒術界でさえつかめてないネトルの痕跡を、彼女はどうやって得たのでしょう。
「なるほど。癒師のあいだでも珍奇なエピソード、と。ちょっと待ってね」
 メリッサさんは懐から手帳を取り出し、さっとメモをとりました。
 手帳をしまうと、彼女はつづけました。
「ところで、えっと名前……」
「プラムです」
「プラムちゃんは、どこを旅してきたの?」
 私は故郷のエルダーを出て、アルニカ半島を東の国からぐるっと半周してきたことを短く語りました。
「それでそれで? いろいろ事件があったでしょう?」
 メリッサさんは子供のような目をして迫ってきました。
 私が話しはじめると、メガネの女作家は再び手帳を取り出し、二階の踊り場の向こうに見える喫茶室を指さしました。
「ぜひ、取材させて。今すぐ」
 憧れの作家に取材されるなんて、天にも昇る気持ちでした。とはいえ、本職は疎かにできません。私は感情をぐっとこらえて答えました。
「お、お気持ちはありがたいのですが、今は取材は受けられません。私はここへ仕事をしにきたんです。病んでいる人がいないか、見張っています」
 メリッサさんはクスっと笑いました。
「じゃあ、ここにいても無駄よ」
「なぜですか?」
「この雪と寒さの季節に、医者にも治せないような病人が、わざわざ本を借りに来るとは思えないわ。ちょっとマイナーな本だったら、探すのに一日がかりの大図書館によ?」
「そ、それもそうですね」
 病人の立場を考えていなかったなんて、なんという凡ミス。私は反省しきりでした。
「まぁ、タダで取材させろっていうのも、横暴よねぇ」
 メリッサさんは少し考えた後、つづけました。
「こう言ってはなんだけど、あなた向けの情報があるわ」
「お知り合いで、病んでいる方がいるんですか?」
「知り合いってほどでもないんだけどね。各地に埋もれているクリスタニアの伝承を探しているときのことよ。ここからちょっと内陸に入った、ブラッシュっていう山裾の農村で、ひどく痩せた女の子に出会ったわ」
 ラビと名乗る十六歳の少女は、村でも有名なオカルトマニアでした。彼女は自分のどんな小さな行いも、巡り巡って世の中に悪影響を及ぼしてしまうと言って、家に引きこもっていました。ラビさんは殺生を徹底してきらい、ついには水しか口にしなくなってしまったのでした。
 メリッサさんが少女に会ったのは、一ヶ月くらい前のことです。
「すぐに行かないと」
 私は荷物を取りに行こうと、宿舎へ通じる出口に足を向けました。
「私も行くわ」
 メリッサさんの一言に、私は足を止めました。
「取材、するんですか?」
「不謹慎だと言いたいのね?」
「……」
「ノンフィクションなら、構わないでしょ?」