映し身人形
「わからせてやんだよ。父さんに、君の思っていることを」
彼女は困惑しながらも成章の後ろから顔を出した。
「君は私の妻の美由紀だ。そう人工知能を構築したのだ」
「私は……」
彼女は呟く。
「私は、彼をタツノブさんと呼ぶよう……プログラムされている……」
「しゃんとしろよ! 親父のことが嫌で嫌で仕方ないから逃げ出したんだろうが!」
成章はいらだちを隠し切れなかった。
「私……私は……」
「君は私の……」
「違う! 私はタツノブの妻でもなければナリアキの母でもない!」
彼女は言い放った。
辰信は露骨に衝撃を受けたようだった。
「バカな……。プログラムに逆らえるはずはない」
「聞いたよ、父さん。彼女は三年以上前から自我を持ち始めた。父さんは、それを認めようとせず、自分の思い通りにならない彼女を殴り続けたんだ」
辰信は押し黙っていた。
「自分に逆らって、何かを演じ続けるのはつらいことなんだぞ!」
自分自身のことに重ねた言葉だった。
辰信はなおも黙ったままだった。
しかし、彼はじきに大きな笑い声を上げ始めた。
「ふ……はははははは……」
「父さん?」
今度は成章が面をくらう番だった。
「まあいい。人工知能が暴走した際の対策を、立てていないわけではない」
「暴走なんかじゃっ……」
成章は息を止めた。
辰信は鞄の中からそれを取り出した。
「銃!?」
辰信は大型の銃器を手に持つと、銃口を成章に向けた。
「スタンガンの一種、テーザー銃だ。一撃でアンドロイドの機能を止めることができるよう強化されている」
「本気かよ……!」
「どけ、成章。死ぬぞ」
「親父……お前って奴は! 彼女だったら容赦なく殺せるってのかよ!」
成章は凄い剣幕で怒鳴ったが、辰信はそしらぬ顔をしていた。
「殺す……? 何を言っている。彼女は機械だ。破壊してもいくらでも作り直すことができる」
「てめえっ……!」
成章は改めて、寸分の隙もないように彼女の前に立ちふさがった。
「血迷ったか」
「いかれてるのはそっちだろうが!」
成章は声を張り上げた。
「死んだほうがマシだ。父さんも、学校の連中も俺なんか見てくれやしない。俺は一人なんだ……!」
「分からないことを!」
「分かれよ! 家族なら!」
辰信は銃の引き金に指をかけた。
「う、撃つぞ……。本当に……」
「やれよ、クソ親父」
成章は一歩たりとも物怖じしなかった。
「こ、殺す……息子であろうと、私の、私の邪魔をするものは……」
辰信は息を切らしていた。
やはり実の息子を撃つことには抵抗があるのだろうか。
「う……」
辰信はうめく。
「う……うわあああああっ!」
辰信は叫ぶと、一思いに引き金を引いた。
「あ……」
「ああ……あ」
倒れたのは、彼女だった。
成章の前に飛び出した彼女は、テーザー銃の凶弾から彼を守った。
そして、二、三秒ほどその場に立ち尽くし、そして倒れたのだ。
「そん、な……」
その場で崩れ落ちた成章は、彼女の体を抱えた。
その目は固く閉じられ、開くことはなかった。
「なぜだ……? なぜ私でなく成章を選ぶ……?」
辰信は震えていた。
彼女を撃ったことより、彼女が身を呈して成章をかばったことにショックを受けているようだった。
「父さん……」
成章はつぶやく。
「俺にはよく分からないけど……。きっと、プログラムを複雑にしただけじゃ再現できないこともあるんだ……」
「プログラム……再現……」
辰信は口の中で何度か成章の言葉を反芻した。
「心……」
そして、そう結論づけた。
「父さん、もうやめようよ、こんなこと」
「そうか……すまなかったな」
ついに目を覚ましてくれたのかと思って、成章は顔を上げた。
「待たせてすまなかったな、美由紀」
辰信は、その手に持っていたテーザー銃の銃口を自分の心臓に向けた。
「父さん……!? バカ、やめろ!」
成章は制止しようとした。だが、間に合わない。
「私も、今行く……」
辰信は銃の引き金を引いた。
辰信は一瞬目を大きく見開くと、ドアにその背を預けて座り込み、そして、動かなくなった。
「父さん……」
成章は呆然とつぶやいた。
「これで、責任を取ったつもりなのかっ……!」
成章のその声は、徐々に、確実に湿り気を帯びていった。
「こんなことでっ……!」
彼女の顔に、大粒の涙が降りそそいでいった。
記者会見を終えた成章は、マスコミを振り払って自動車に乗り込んだ。
あの夜の一件は完璧に隠蔽され、辰信は突然の心臓麻痺によって死亡したとされた。そして、つじつま合わせの説明を先程の記者会見で行ったのだ。
「例のものはどうします、ご子息様……いや、有島様」
ある程度車を走らせてから、運転手の黒岳が聞いた。このハイヤーには彼と成章の二人しか乗っていない。
「何もかもなかったことにしろ。計画は中止だ」
「よろしいのですか? 彼女を蘇らすことは充分に可能ですが」
「その考えが、父の狂気を、妄執を生んだ。あんなものはあってはいけないんだ」
「了解しました」
これは自分の勝手なのかもしれない、と成章は思う。
だが、それでも、成章はその考えを曲げることはできなかった。