プラムズ・フィールド 〜黒衣の癒師〜 【第三章(前)】
今日の玉虫石の収穫は、大人の猪くらいの原石が一個だけでした。他の石とは別に、猫車(手押しの一輪車)にぽつんと載っています。
「先生は、石も診れるのかい?」
ダガーさんは言いました。
「石の声は生き物に比べると小さいので、何ともいえません。とにかくやってみます」
私は猫車に近づいていって、遠巻きに手をかざし、透視してみました。
「うっ!?」
私は思わず身を引き、石を診るのを止めました。あと一歩踏みこんでいたら、邪悪な波動に体を侵されていたに違いありません。
「で、どうなんだ?」
「毒の光が見えました。ダガーさんを診たときの魔物より強力です。歴史書にある呪いの石かどうかはわかりませんが……」
ダガーさんはうなずくと、部下たちに事情を話しました。
「……というわけで、あの石に一度でも関わった奴は全員、ここにおられるプラム先生に診てもらえ。死にたい奴は帰っていいぜ」
事務所の応接室に並んだのは十五人。
一刻を争うため、その日は徹夜で施術をつづけました。
一週間後。
ダガーさんの体調はすっかりよくなり、皮膚の色も少し戻ってきました。
彼の部下は、幸い誰も手遅れにならずに済みました。
一方、施術で力を使い切った私は、社宅の空き部屋で横になったまま、しばらく動けませんでした。
ダガーさんが行きつけのバーから奪ってきたという、ジャンクフードは丁重にお断りをして、彼の部下のフィアンセに作っていただいた、ウォールズ粥——リゾットのようなもの——を食して、どうにか回復を果たしました。
ダガーさんの部屋に赴き、今後の養生について話し合っていると、鉱山長の使いの男がやってきました。
話を聞いた私とダガーさんは、さっそく山の事務所に出向きました。
ドアを開けると、奥のボス用デスクに見知らぬ男が座っていました。
鉱山長は緊張した面持ちで、男の前に突っ立っています。
「社長だ」
ダガーさんは私に耳打ちしました。
まだ三十代半ばくらいの青年ですが、三代目と聞いていたので、驚きはしませんでした。
「君か、プラムという魔……癒師は」
スーツ姿の男はこちらを見ず、口ひげをいじってばかりです。
「紫皮病の患者がおりましたので、現場監督の許可のもと、施術をさせていただきました」
「あの坑道は閉鎖するしかないようだな」
「ありがとうございます。賢明なご判断です」
「おかげで、大損だ」
「は?」
「あそこは例の奇石だけではない。質のいい金銀が大量に採れるのだ。この損失を、どうしてくれる?」
「……と、申されましても」
言っている意味がよくわかりません。
鉱山長はハンカチで汗をふくと、私に言いました。
「このままでは会社の支援者に申し訳が立たない。できることなら閉鎖はしたくないんだ」
「?」
「まだわからないか? 例の玉虫石の危険性を証明しろと、社長はおっしゃっているのだ」
「癒術でわかったことを科学的に証明せよ、ということですか?」
社長は目でうなずきました。
癒術はそもそも人知を超えた分野です。雷を受ける避雷針のように、天から下りてくる不思議な力を、私たちは受け取っているにすぎません。自分の頭で考えて発する力ではないのです。
「それは……」
私はうつむきました。
「できないなら、閉鎖は中止だ。我が社は、虚言で作業を妨害したプラム癒師に、一週間分の損害賠償を求める。人の代わりはいくらでもいるが、失った利益は戻ってこないからな」
「そ、そんな……」
「やるしか……ねぇだろ」
さすがのダガーさんも肩を落としていました。社長がここまで冷酷な男だとは思っていなかったようです。
「考える時間を少し、ください」
私は社長の許可を得ると、一人で事務所を出ました。
少し歩くと、レンガ造りの通洞口があります。
私はそこを見つめながら考えました。
紫皮病にかかった鉱夫たちが証言したとしても、あの社長を見る限り、信じてもらえるとは思えません。毒の光を測る計器があればいいのですが、現代の科学はまだそこまで来ていません。となると、因果関係を示すには、社長の目の前で、新たに誰かを犠牲にする他ありません。人間を使うわけにはいかないし、植物や虫では納得していただけないでしょう。さて、どうしたものか。
そのとき、通洞口から鳥かごを持った男が出てきました。
ブツブツ口ごもっていた白い小鳥は、日の光を浴びると元気に鳴きはじめました。
私は事務所に戻ると、社長に言いました。
「先日採掘した玉虫石のそばに小鳥を置き、ご自分の目で経過をたしかめてください」
「ふむ、よかろう。しかし、鳥は羽毛に包まれているぞ?」
「元をたどれば、人も鳥も同じです。皮膚に出るなら羽に出てもおかしくありません」
「ばかなことを。人は神から生まれたのだ。獣と一緒にするな」
大陸ではまだ古い宗教の教えが根強く残っており、人間を特別視する人が少なくありません。
「社長は人間で実験せよと、おっしゃりたいのですか?」
「そうは言ってない。羽は羽だ。皮膚ではない」
「では、お腹の毛をかきわけてみたらいかがでしょう?」
口ひげの青年社長は眉をひそめました。
「感染しないのか?」
「疫病とは違います。石に近づいた者だけが、害を受けるのです。そうでなければ、この鉱山はおろか、アスペンの町は今頃大変なことになっているはずです」
社長は納得し、さっそく実証実験がはじまりました。
玉虫石の原石は、空にした物置小屋に安置しました。
ダガーさんは、石に近づきすぎないよう気をつけながら、小鳥が入った鳥カゴを台の上に置きました。天候が悪くならない限り、小屋の扉は開けたままです。
私と社長とダガーさんは、それから毎日決まった時間に、三人一緒で鳥の様子を見に行きました。
三日後、白かった小鳥の羽に変化が現れました。
社長は「まだわからん」といって、実験を継続させました。
一週間後、羽の半分が紫色に染まりました。体が小さい分、進行も早いようです。このままでは鳥の命が危険です。
私は小屋の前で、社長に詰め寄りました。
「もうわかっていただけたと思います。小鳥は明らかに紫皮病です」
社長は表情を変えずに言いました。
「しかし、まだ生きている。回復しないとは言い切れん」
「エサがあまり減っていません。それに、鳴くことも少なくなりました。実験を中止してください」
「では、君の負けということで、いいかね?」
「そんな……」
一週間分の金銀の損害賠償など、古本一冊で騒いでいる旅人には到底払える額ではありません。
「社長。勝ちとか負けとか、そりゃ大人げねぇスよ」
ダガーさんは言いました。
「次期鉱山長のポストを狙っているおまえに、そんなことを言う資格があるのか?」
「……」
ダガーさんは横を向いて、小さく舌打ちしました。
「今日の視察はこれまで。また明日だ」
社長は街の別荘に帰り、ダガーさんも持ち場に戻っていきました。
その日の晩。
私は星空の下、小屋の前に一人座って考えていました。
小鳥を救うチャンスは今しかありません。しかし、実験を止めれば採掘が再開され、さらに多くの犠牲者が出るでしょう。
「ああ、私はどうすれば……」
作品名:プラムズ・フィールド 〜黒衣の癒師〜 【第三章(前)】 作家名:あずまや