空から降る歌
地上となるとなおのこと。
だから、みんな下を向いている。
空には人工的な光。
灰色の世界の中、エネルギーの限り照らし続けている。
俺は仕事が終わると、いつも一人で寄り道をする。
まさか人生には寄り道が大切だよな、とご高説を説くわけではない。
すれ違う人も少ない道、一匹の鼠が俺を追い越していく。
くたびれたコンクリの表面には流れ出た排水が染みとなり、劣化の象徴をしている。
鼠は、わずかな壁のヒビへと消えていった。
おまえはここから出られるのか?
俺は出口のない迷路を歩き続けているのに。
蛍光灯が消えかかった十字路で、右に曲がる。
機械的な送風音と、地面を擦る俺の小さな靴音が響く。
扉ひとつ見当たらない道の
つきあたり。
空には通気口が一つ。
天から落ちる一本の蜘蛛の糸のような存在。
いつか本で読んだ物語じゃないか。
コンクリートに背を預け、佇む。
瞳を閉じて数刻、考えることは何もない。
ただ、待つ。
俺は静かに息を吸い込んだ。
上に通じる通気口を見上げる。
頭上から送り込まれる空気が、僅かに振動を始める。
かすかに響く、歌。
ごく自然に、耳から心へと流れ込んでくる。
まるで体が酸素を欲するのと同じように。
空から響く歌声に、今日も魅せられているのか。
空にさしだした手は、求めるものをつかめずに虚しくも空を切る。
さまよった手は蛍光灯の光を浴びて影を作った。
手を伸ばしても届かない。
風のように歌う、君には届かない。
歌が終わって、三秒後。
空を求めた手は、お互いを強く打ち合わせる。
通気口を通して俺の拍手も聞こえているのだろうか。
確かめることなどのできない無駄な疑問。
それでも俺は、これからも君に拍手を送りたい。