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佐々川紗和
佐々川紗和
novelistID. 31371
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空から降る歌

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ここで暮らしている限り、これと言って良いということはない。
地上となるとなおのこと。
だから、みんな下を向いている。
空には人工的な光。
灰色の世界の中、エネルギーの限り照らし続けている。

俺は仕事が終わると、いつも一人で寄り道をする。
まさか人生には寄り道が大切だよな、とご高説を説くわけではない。
すれ違う人も少ない道、一匹の鼠が俺を追い越していく。
くたびれたコンクリの表面には流れ出た排水が染みとなり、劣化の象徴をしている。
鼠は、わずかな壁のヒビへと消えていった。
おまえはここから出られるのか?
俺は出口のない迷路を歩き続けているのに。

蛍光灯が消えかかった十字路で、右に曲がる。
機械的な送風音と、地面を擦る俺の小さな靴音が響く。
扉ひとつ見当たらない道の
つきあたり。
空には通気口が一つ。
天から落ちる一本の蜘蛛の糸のような存在。
いつか本で読んだ物語じゃないか。

コンクリートに背を預け、佇む。
瞳を閉じて数刻、考えることは何もない。
ただ、待つ。
俺は静かに息を吸い込んだ。
上に通じる通気口を見上げる。
頭上から送り込まれる空気が、僅かに振動を始める。
かすかに響く、歌。

ごく自然に、耳から心へと流れ込んでくる。
まるで体が酸素を欲するのと同じように。
空から響く歌声に、今日も魅せられているのか。

空にさしだした手は、求めるものをつかめずに虚しくも空を切る。
さまよった手は蛍光灯の光を浴びて影を作った。
手を伸ばしても届かない。
風のように歌う、君には届かない。

歌が終わって、三秒後。
空を求めた手は、お互いを強く打ち合わせる。
通気口を通して俺の拍手も聞こえているのだろうか。
確かめることなどのできない無駄な疑問。
それでも俺は、これからも君に拍手を送りたい。

作品名:空から降る歌 作家名:佐々川紗和