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プラムズ・フィールド 〜黒衣の癒師〜 【第二章(後)】

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「小役人は黙ってろ! その魔女は、大陸随一を誇る国立病院の医師団を侮辱しただけでなく、避難民に呪いをかけ、治療活動を著しく妨害した。我々が戦前の軍隊なら銃殺は免れないところだ。平和な時代に生まれて幸運だったな。連れて行け!」
 兵士二人が入ってきてエルムさんを押しのけ、私の腕を抱えました。
 すると、村人が次々と集まってきて、私たちの行く手を遮りました。
「な、何の冗談ですかな?」
 少佐は顔を左右に振り、誰に言っていいかわからないようです。
「侮辱したのも、妨害したのも、あんたらの方じゃ」
 人影の中からしわがれた声がしました。
「なんだと?」
 現れたのは、ぼんやりしてしまったはずの村長でした。
「プラム癒師がきてくれなけりゃあ、あのヤブ医者どもに何人殺されたか、わかったもんじゃねぇ。なんも知らねえ田舎もんだと思ってナメやがってよ。俺たちゃ家に帰れりゃ病気なんか治っちまう。それを妨害したのは、あんたらでねぇか」
「貴様……」
「裁きたければ、裁けばええ。その代わり、村民五百人が相手だで」
 村長の後ろに控えていた男たちは机を盾がわりに、女たちは長箒を槍がわりにして、少佐をにらみつけました。
「少佐! 廊下に、他の教室から出てきた住民たちが!」
 部下の報告に、少佐は苦い顔を残し、引き上げていきました。
 村の人々は、往年の気迫を取り戻した村長に喝采を送りました。
 ところが、老人はぼうっとしていて何のことかわかっていません。
 村長の輝きはほんのひと時でしかありませんでした。しかし、彼は頭が冴えなくなってからも、身のまわりで起こったことを理解し、自分の考えも失っていなかったのです。
 学界は近年、人や動物は脳がすべてという議論をはじめていますが、村長の奇跡を目の当たりにした私には、そうは思えませんでした。

 数日後。ウォールズ自警隊との衝突を前に意気込んでいた村人は、肩すかしを食らいました。
 少佐の一隊と医師団は何も告げず、船で国へ帰ってしまったのです。
 オーレン医師が白衣衆の一人から聞いた話では、ラーチランドとウォールズの話し合いが一転して決裂、マーシュ村はこれまで通りラーチランド領のまま、とのことでした。
 国民の暮らしを机の上で振りまわす政治家には、まったく困ったものです。


 第二十話 ウォールズへ 

 新暦二〇三年 春

 背の丈よりも積もっていた雪がすっかり溶け、マーシュ村は春を迎えました。
 教室を埋め尽くしていた患者はもう数えるほどとなり、オーレン医師と話し合った末、私は村を出ることにしました。
 北ウォールズのディル港へむかう帆船に乗りこんだ私は、デッキの欄干に寄りかかり、見送りの人たちに手を振りました。
 私が治療に関わった人はほとんど来ています。この春、新村長となったエルムさんは、前任の大先輩の手を取って、一緒に振っています。
 マンザニータ女将とオーレン医師は、名残惜しいといって、船の中までついてきてくれました。
 オーレン医師は言いました。
「君に出会わなければ、人を癒すとはどういうことか、たぶんあの世へ行くまでわからなかったろう」
 マンザニータさんは言いました。
「村の腰抜けどもを動かしたのはよ、あんたが命知らずに動いてくれたおかげさね。最後に一つ拝ましてくれ」
 私は一人ずつ抱擁を交わしました。
 そして感極まり、両手で顔を覆いました。
「私には……私にはもったいない言葉です」
 出発を知らせる汽笛が鳴り、二人はタラップを下りていきました。
 船が桟橋を離れ、湾の中を進んでいきます。
 私は左舷から船尾へと走り、涙と鼻汁が垂れるのもかまわず、港が見えなくなるまで手を振りつづけました。