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プラムズ・フィールド 〜黒衣の癒師〜 【第二章(前)】

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 そんな印象とは裏腹に、私は丸太造りの事務所でランチとスープをごちそうになった際、つい「いい所ですねぇ」を連発してしまいました。凍死しかけているとき、温かいスープに勝てるものなんてあるでしょうか?
 その日の伐採運搬作業が終わると、私は体に痛みを訴える人々を集めて、流れ作業で施術を行いました。一人だけ、関節に異常があって、街の外科へ行くようすすめましたが、あとは大事なく終わりました。
 夕食の後、しばらくすると男たちは寝静まりました。
 私は宿舎を抜け出し、一人で銀樹の森へ向かいました。まっさらな雪原を満月が照らしています。
 ここまでは計画通りです。私は誰にも邪魔されず、雪獅子を見たかったのです。ただ、内緒でお借りしたスキーが思ったように滑らず息が上がってしまい、練習不足だったと反省しています。
 目指す森は、材木集落から八マース(一マース=約一キロ)北へ行ったところに広がっていました。
 ふり返ると、私のスキー跡だけが木々の間を縫っていました。
 月が雲に隠れ、針葉樹の森は立体感を失いました。時間の感覚が薄れてしまい、今どこにいるのかはっきりしません。
 しばらく行くと、雲が切れて満月がまた顔を出しました。
 私はきらめきに囲まれていました。
 ハッとして見渡すと、白い柱が立ち並ぶ、古代神殿のような場所に立っていました。
「ここが、銀樹の森……」
 幻想の風景に心を奪われながらも、さらに進むと、現実が待っていました。
 伐採の跡です。なぜここを選んだのかは知りませんが、密林のなかにぽっかり穴があいたように、切り株だらけの荒野が広がっていました。
「こんなことをつづけていたら、森がなくなってしまう」
 銀樹を欲している人々は、この珍しい木が無限にあるとでも思っているのでしょうか。いま流行りの石炭だって同じことです。
(この娘はわかっているようだな)
「えっ? 誰?」
 どこかから声がした気がして、私は辺りを見回しました。
(ほぅ、私の声が聞こえるのか。本物の癒師がまだこの地上にいたとはな)
 私以上に、声の主も驚いているようです。
「あの、どちらさまですか?」
(私はウィロー。おまえのすぐそばにいる)
 予感がしてふり返ると、目の前に、真っ白な獣がたたずんでいました。
「ひやっ!」
 私はスキーをはいたまま真横に倒れ、体半分、雪に埋まってしまいました。
 大きな獅子はググルと喉を鳴らしました。私のことを笑っているようです。
(気配を悟れず、念話も聞きとるだけか。まだまだ雛っ子のようだな)
「学校を出たばかりで、旅の途中なんです」
 私はストックを頼りに起き上がりました。
 白い獅子は雪まみれの私をじっと見つめています。
(国の至宝に護衛もつけず送り出すとは、エキナスの末裔もそろそろ終(しま)いか)
「監視役ならいましたけど……って」
 私、動物と普通に話している? でも、相手は口を動かしていません。
 これはもしや、心に直接話しかける念話というものでしょうか。念話は失われた癒術の一つとされ、現在の癒術書には載っていません。使い手は癒術学校のアンジェリカ学長が最後の一人と言われています。頭で理解できる類のものではないので、学校では習得できません。何かがきっかけで、それだと『わかる』しかないのです。
 失われたはずの業を、この獅子はいったい、どこで身につけたのでしょう。そんなことより、何の企みがあって、駆け出しの私のことを至宝などと持ち上げているのでしょう。気持ちが悪いです。
「あの、くり返すようですが、私はまだ正式な癒師ではなくて……」
(肩書きなどどうでもよい。おまえはもっと自分のことを知らなくてはならない。わからぬうちは、アンジェリカさえ超えられないだろう)
「ご、ご存知なんですか? 学長のこと!」
(なんだ、まだ生きていたのか。気苦労の多い娘だから、長生きしないと思っていたがな)
 私は学長と癒術学校のことを短く話しました。
(なるほど。おまえが入学してきたとき、彼女はさぞかし狂喜したことだろう)
「恥ずかしながら、私の代では、私が一番怒られたんですけど」
(自分を知れ。さすれば、枯れかかった大地に奇跡が起きる。私がおまえに言いたいことは、それだけだ)
 ウィローさんは、おかしなことばかり言います。半人前以下の私をつかまえて、至宝だの奇跡だのって……。
(ところで、おまえは我々に聞きたいことがあるのだろう?)
「そ、そうでした」
 私は銀樹伐採の脅威について、知っていることを話しました。
 ウィローさんはため息をつきました。
(毛皮の次は銀樹ときている。人間の欲にはキリがない。いずれ地下に埋まっている別の資源も見つけるだろう。それを掘り尽くすまでに目覚めることができなければ……)
「……」
 私は喉を鳴らしました。
(人は滅ぶ。動物も大勢、巻き添えを食うだろう。だが、小さき者や弱き者は生き残る。彼らは見過ごされがちだが、変化には柔軟なのだ)
「早くみんなに知らせなければ……」
(やめておけ。頭だけでものを考えるようになった今の人間は、目に見えるものしか信じようとしない。おまえは刑務所か精神病院へ送られるだろう)
「そんな……では、私はどうすればいいのですか?」
(遠い未来のことはまだ考えなくてよい)
「……」
(実はな、人間はまだ知らぬようだが、銀樹の排煙や燃えかすは、水や雪と混ざると有毒なものに変わるのだ)
 その水で育った生き物が、人の口に入る頃には、毒が濃縮されて……。
「犠牲を差し出して教訓を得ろと言うのですか。私はそんなの見過ごせません。銀樹が有害資源とわかっているなら、先に証明すればいいじゃないですか」
(では、どうする?)
「今はともかく、できることをやるだけです。ラーチランドの行政に掛けあってきます」
(政治家は突き詰めると、私(わたくし)の利でしか動かん。今は神に祈るがいい)
 ウィローさんはググルと笑いました。
 私はむっとして言いました。
「祈って待っているだけなんて、私にはできません。とにかく行動せよと、アンジェリカ学長もおっしゃっていました」
(フフ、彼女はそう言ったか。また会おう)
 白い獣は闇に消えていきました。