小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

プラムズ・フィールド 〜黒衣の癒師〜 【第一章(前)】

INDEX|8ページ/8ページ|

前のページ
 

 旅費が底をつき、こちらから病人を探してしまうという旅癒師のジレンマは、笑い事ではありません。ピオニー先輩は物価の高い街で、どうやって一年も暮らしてきたのでしょう。修行もさぼっているというのに。
「もしかして先輩は、お給料のいいバイトか何か……」
「宿に困ってるなら、あたしんち、来る? 好きなだけいていいわよ?」
「えっ?」
 それは貧乏性の私にとって破格の条件でした。喜びと安堵のあまり、彼女への疑いなど、どこかに飛んでいってしまいました。
 こうして私は、ピオニー先輩の下宿に居候することになったのですが……。


 第五話 ピオニー先輩

 ピオニー先輩の下宿は、一悶着あったジンセン大学病院からそう遠くない、商店街通り沿いにありました。石造りの五階建てで、一階は靴屋です。お店の横にある共同玄関から階段を上っていくと、二階より上がアパートになっていました。私たちは一番上まで行きます。
 五〇二号室のドアが開き、私は中に通されました。
 居間と寝室とキッチン……驚いたのは、近年開発されたというシャワー室です。頭上の穴あき陶器に水やお湯を注いで蛇口をひねると、細やかな流水が出てくるそうで、それがたまらなく心地いいのだとか。
「部屋は狭いけど、なかなかいいでしょ?」
 ピオニー先輩は居間のカーテンを開けながら言いました。
 大都会の一等通り沿いにあって、しかも最上階、最先端のシャワー室付きだなんて……なにか悪いことをして稼いでいるのだろうかと、不安になってきました。
「あ、あの、先輩。ここの家賃って……」
「いいじゃないの、そんなこと。居候は自分の心配だけしてればいいのよ」
「それは、そうですけど……」
 早く困っている人を見つけてここを出て行かなければ、という思いにかられました。いや、ちょっと待ってください。一宿一飯の報酬のために病人を期待するなんてダメです。ああもう、どうすればいいんでしょう。
 私はとりあえず、先輩の日常生活を監視することにしました。

 居候生活に入ってから、一ヶ月経とうとしています。
 私は毎日街をうろつき、罪悪感を感じつつも病人を探しましたが、ジンセンの人々はお金を持っていて皆さん病院へ行ってしまいます。この間の病院前でのトラブルがトラウマになってしまったのか、声をかけることもままなりません。下宿に帰ってため息をついては、先輩の手料理をタダで口にするという日々でした。先輩はそれを気にした風もなく「飽きるまでいれば?」とさえ言うのです。
 ピオニー先輩はといえば、私が下宿を出入りするときはいつも見送り迎えてくれます。私のほうも、恩を受ければ受けるほど、いつどこで働いているのか聞きづらくなっていきました。かかるお金は昼の食事代だけ。虚しさはあっても、経済的にはとても楽です。
 ただ一つ二つ、気になる点がありました。
 毎週六曜日になると、先輩は私にホテル代を渡たし「明日の昼まで帰ってこないで」と言うのです。そうかと思えば急に「明後日に帰ってくるわ。この辺、空き巣多いから留守番お願い」と、トランク片手に出ていってしまいます。
 そんなある日の朝。
 ピオニー先輩はまた外泊するというので、私は後を尾行(つけ)ることにしました。
 商店街通りを東へ歩き、やがて駅前広場が見えてきました。先輩の金髪の後ろ頭ばかり見ていたせいで、人にぶつかっては怒られ、何度か見失いそうになりました。
 先輩はジンセン駅のそばで立ち止まり、駅舎の方を向きました。誰かと待ち合わせのようです。駅前のロータリーは等しく弧を描いており、私は彼女の斜め後ろの死角から近づく形になります。これで見つからずに追いつくことができる、そう思って一息ついたときでした。
 駅舎のほうから背の高い男性が現れ、いきなり先輩を抱きしめました。そして、二人は人目もはばからず口づけを交わしたのです。
 私は両手で口を押さえたまま、その場に立ち尽くすしかありませんでした。
 二人は列車に乗る様子はなく、腕組みして歩き出すと、ロータリーの向かい側へ遠ざかり、街並みの中へ消えていきました。
 私はそれから何も考えることができず、うつむいたまま、来た道を帰っていきました。

 翌日の昼時。
 ピオニー先輩が晴れやかな顔をして帰ってきました。シャワーを浴び、部屋着に着替え、居間の籐椅子でくつろぎ、お茶を飲んでいます。
 私は居間とつながったキッチンの木椅子に座って、その様子をじっと見ていました。
「何か言いたそうね?」
 先輩はティーカップをテーブルに置きました。
「去年より肌、きれいになりましたね」
「秘訣を教えてほしい?」
「……」
 あまりのふてぶてしさに声が出せず、私はうなずくだけでした。
「その前に一つ、あたしに謝ること、ない?」
「えっ?」
 肩がびくっと揺れてしまいました。
 先輩は笑っています。
「ったく、すぐ顔に出るんだから。あんな広い道で、どうやったら六回も人にぶつかれるのかしら?」
 下宿を出て数分後のことです。店の前を掃除していた美容室の方に激突して怒鳴られたとき、尾行は完全にバレていました。
「そ、その件につきましては、謝ります。でも……」
「どう生きようと、それはあたしの自由。彼氏の援助を受け入れるのも、修行を休むのも」
「それは……そうですけど」
 旅の途中で修行を諦め、大陸に住み着いてしまう卒業生は毎年のように存在します。帰郷は強制ではありません。
 でも、あのピオニー先輩に限って、そんな……。
 学生時代の彼女は、言動こそふざけていましたが、思想はしっかり持っていました。学内図書室の静寂を無視して私に熱く語った言葉が、頭を離れません。
(都会は現代の病の象徴、彼らこそ救われるべきよ!)
 きっとなにか、彼女を怠惰に陥れた原因があるはずです。
「旅費が惜しいなら、これ以上あたしに干渉しない。いいわね?」
 常に先手を打ってくる先輩が相手では、今の私では太刀打ちできません。それに、居候という蜜汁に長い間浸っていた私は、変化を恐れていました。
「はい。二度と干渉しないと、癒神エキナス様に誓います」
「いい子ね」
 先輩は狐のような目をして微笑みました。