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ありがゆうや
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novelistID. 41914
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人参

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 鶏の照り焼き弁当と人参9本を買って、私は、すぐさま公園に向かった。古びた滑り台が黒くなった空に溶け込んでいる。その下には、水分を失ってかぴかぴになった何枚もの人参の皮が、砂に埋もれて落ちている。
 
 私は皮には興味がない。

 袋の中で弁当を押しつぶしている人参を取り出して、私は座った。ここはどこでしょう。そう。滑り台である。何度かブーツがキュッキュと音を鳴らし、やっと安定した坂の上、体育座りの朝美ちゃん。
「ディスイズアキャロット」
人参を左手に構えると、私はそう呟いた。既に右手も準備万端。緑のピーラーを握りしめ、至福の時間が始まった。脚の上には、一本の人参がお利口に順番待ちをしている。さっきスーパーで流れていた流行りの曲の鼻歌を歌いながら、私はピーラーをオレンジの肌に転がした。均一の薄さの皮が、滑り台を流れていく。サビしか知らないので、私は同じメロディーを繰り返しながら、すぐに1本、2本と、剥き終え、袋から次の2本を取り出そうとしたその時、誰かが公園に入ってくる足音がした。
 
 私は、この人参剥きを見られるのが嫌だった。恥ずかしかったのである。だからこそ、この公園を選んでいるのだ。この公園には、暗くなってから人が立ち寄ることなど殆どない。それでも何人かに見られてしまったことがあったが、どの人もそれ以降はやってこなくなり、最近は全くと言っていいほど夜に人が入ってくることはなかった。きっと隣に墓地があるからであろうが、子供たちはきちんと5時になったら帰っていく。いつだったか、私は学校帰りに、公園で遊んでいる子供たちが、怖がりながら話をしているのを聞いたことがあった。どうやら親に、あそこの公園にはお化けが出ると教え込まれているらしい。しかしこれだけ人が来ないということは、どうやら大人でさえも不気味がっているようだ。何故だろうか、私は一度も怖いと思ったことがなかった。むしろ私にとっては落ち着く場所なのである。
 足跡はどんどん近付いてきた。私は急いで人参を袋に戻し、顔を見られないように俯いた。
 「朝美?」
足跡が滑り台のすぐ傍で止まったかと思うと、女性の声が私を呼んだ。聞いたことのある声だった。私が怖々と顔を上げ、振り向くと、そこに立っていたのは、鍋子だった。

「やっぱり朝美だ。こんなとこで何してんの?」
「あれ、鍋子。なんでこんなとこにいんのよ」
「私?私は、今日言ったじゃない。野宿するとこ探してたんだよ」
「ええ!こんなとこまでくんの?家遠いじゃん。それに、こんなとこで野宿しないほうがいいよ。ほら、あそこ墓地だし」
「それまじ!?それはさすがにヤバいわ。静かだし、良い感じだと思ったのに」
「あれのせいで夜は誰も近寄らないんだよ」
「そうなんだ。でもじゃあなんで私ここにいんのよ?」
「え、私は、家近いし、散歩して疲れたから…。それにほら、私、お化けとか怖くないじゃん?」
「ないじゃん?って、そんなの聞いたことないよ。まあ良いなら良いけど…それよりさ、家近いなら、ちょっと寄らせてくれない?ここまでずっと歩いてきたから疲れちゃって。こんな公園にずっといるのもあれだし」
「ごめん。それはダメ。部屋汚いし」
「いいじゃん。別に彼氏とかじゃないんだからさ、汚くても平気だよ」
「いや無理無理。誰も入れちゃダメって親から言われてるし」
私は咄嗟に嘘をついた。人参が散らばっている(いや、私にとっては楽園なのだが)あの部屋に、誰も入れるわけにいかないのである。
「なによ。そんなに朝美の親、厳しかったっけ?」
「うん。心配性だからね」
「そうかあ。まあそれならしょうがないよね。ごめんごめん。じゃあ、その代わりにさ、私が野宿する場所紹介してよ。どっか良いとこない?」
「うーんとねえ。じゃあ、ほら、そこの道ずっと真っすぐ行くと、バス停があるでしょ。その裏、踏切渡ってちょっと行くと、広場みたいな公園があるけど、そこは?」
「そこ、お化け出る?」
「出ないよ。お墓もないし」
そう言って2人は笑った。
「ありがと。じゃあ、今日はそこ行って寝るよ。歩き疲れたし。私も早く帰りなよ。いくらお化けが怖くなくても、なんかここ、変な人とか出そうだし」
「大丈夫。家すぐそこだし、じゃあ、私も帰ることにするよ」
そう言って私は、滑り台から飛び降りて、2人で公園を出ると、背中にニンジンの入ったビニールを隠しながら、私は鍋子にもう一度道を説明して、お互い背を向けるようにして別れた。
 
 私は、家に向かって歩きながら、何度も後ろを振り返って、鍋子の様子を窺った。鍋子は何か考え込むように俯いて早足で離れていく。その姿が小さくなると、私はいま来た道を、ビニールを抱きしめながら、全速力で戻りだした。
 
 まだ、剥いていないニンジンが残っているのである。
 
 そうして滑り台に座り、全てのニンジンを剥いて満足すると、私は家に帰って、散らばった人参を拾い集め、いつも通り仏壇の上に山を作った。
 
 頂上に瑞々しく腰を下した人参が、私の頬をほんのりと橙色に染めた。そうして彼女は笑っている。


 翌日、私が学校に行くと、鍋子はどうやら休みらしかった。野宿で風邪を引いてしまったのだろうか。唯一の友達である鍋子がいない学校というのは何とも寂しい。私はしょんぼりと一日を過ごし、しょんぼりと帰路に就いた。
 途中、あの公園の前を通ると、そこには、「立入禁止 入らないでください」と書かれたテープが張られていて、周りに、何人もの警察官が立っている。私は、その内の一人に駆け寄って事情を訊いた。

「あの、どうかしたんですか」
「いやぁまいったよ。今度は大学生だ」
「今度は、って、前にも何かあったんですか」
「前にももなにも、これで、四人目だ。わしも信じてなかったんだけどなあ、こんなに続くとなると、あの噂もホントなのかもしれんな」
「あの噂?」
「ねぇちゃん知らないのか?この公園の噂。この公園にはなあ、夜になると女の幽霊が出るって言われてるんだ。その女は滑り台の上に座って、そこで何かしているらしい。ただ何をしているのかは誰も知らないんだ。何故なら、それを知った人間はみんな、死んじまうんだよ。全身オレンジ色になってな」


 私の仏壇には、毎日、人参が供えられている。
作品名:人参 作家名:ありがゆうや