狐の神輿と大名行列
その日は、ひどく帰りが遅くなったので、近道をして帰ることにしようと決めました。
男手一つでわたしを育ててくれた父が家で待っているからでございます。
以前、わたしの帰りが遅かった時にもひどく心配させてしまいましたから、今度もまたきっとひどく心配させてしまっているに違いないのです。
家に帰って、どんな小言を言われるか。そんなことを考えて、おっかなびっくりでわたしは歩みを進めました。
空はすっかり夜になり、目の前にそびえる不気味な森は、まるで物の怪か何かのように思えます。
その中に歩み行くというのは、心底恐ろしくも思われましたが、ここを通るのが一番の近道なのではしょうがありません。
わたしは、仕入れた品々を入れた風呂敷をぎゅっと担ぐと、覚悟を決めて、その中に足を踏み入れました。
まったくもって真っ暗闇で、何も見えたものじゃありません。
こんなことなら、どこかで提灯の一つでも手に入れた方がよかったのではないでしょうか?
しかしながら、今のわたしには灯りを手に入れるよりも、素早く家に帰ることの方が最優先でございました。
真っ暗闇の中、不気味な鳥のさえずりを聞きながら、わたしは手探りで進みました。
周囲で何者かがこちらを窺っているような気配もしましたが、振り返る気にはなりませんでした。
何も気にならないふりをして、わたしは歩みを進めます。
願わくば、灯りの一つでもほしいところです。
これじゃあ、正しい方向に進んでいるのかもわかりゃしない。
その時でございます。
わたしのしばらく先の方に、ぼうっと灯りが灯りました。
それは、まるでゆらゆらとわたしを誘うように、妖しげに揺れているではありませんか。
たしかに、灯りが欲しいとは申しましたが、あそこまで行く気にはなりません。
夜の闇の中にそびえる森は、あやかしの類の物には絶好の隠れ蓑でございましょう。
わたしは恐ろしさにすくみあがりながら、近くにあった大木の裏に手探りで身を隠しました。
さて、それでその後件の灯りはどうなったのかと言いますと。
誠に不思議な光景でございます。
最初は一つだったその灯りが、だんだんと一つ二つとその数を増していきまして、次第には長い長い行列を作り出してしまう次第でございます。
嗚呼、わたしは思い違いをしていたようです。あのゆらゆらと揺れる灯りは、火だったのです。
その怪しげな火がちろちろと小刻みにゆれながら、ゆっくりと行進を続けます。
はて、その火の元をたどると、火が灯された棒の持ち手の先には、なんとも鋭い顔つきをした狐がいるではございませんか。
狐というのは、古くから人を化かすものだと相場が決まっております。
わたしもまた、そんな摩訶不思議なものを見せられているのでございます。
やがて、その狐の行列は、瞬く間に大名行列の一団へと姿を変えて、わたしの方へ迫ってくるではありませんか。
狐に見つかれば、とって喰われると言いますし、そう考えるとわたしは恐ろしくて仕方がなかったのでございます。
こんな目に遭うのなら、遠回りをしてでも人間の道を行くべきでございました。
「やっさ ほいさ」
そんな威勢の良い声を上げながら、狐の一団は大きな神輿を担いで、徐々に徐々に近づいてまいります。
人間のように着物を着こなしているその姿は、一見すると勇ましくも見え、また恐ろしくもありました。
狐という生き物はああやって他の生き物を模して、そして付け入り、殺してしまうのでございます。
もしかすると、狐の一団はこれから、化かしにでも行くのでしょうか。
それは恐ろしい限りでしたが、いまのわたしはまずは自分が助かることを考えなければなりません。
さて、それにはじっと息を潜めねば。
一……二……三……。
息苦しいのをこらえ、懸命に息をこらえていると……ふう、どうやら行ったようです。
そう思って、目を開けた刹那でございます。
わたしは、狐の集団に囲まれ、見下ろされておりました。
まさに、心ノ像が止まる思いでございます。
わたしは思わず、情けない叫び声を上げてしまいました。
「だれかぁおたすけぇ〜〜〜〜!!!」
もちろん、だれも来るはずはありませんでしたが。
わたしはすっかり、妖怪の巣へと入り込んでしまったのですから。
死を覚悟したその時でございます。
狐の中の一匹……人間を模しているのだから一人とすべきでしょうか?
とにかく、その狐がわたしに手を差し伸べて来たのでございます。
何がしたいのか、さっぱり分からなかったので、わたしは何もできずにただ茫然としておりました。
すると、狐は勝手にわたしの手を取ってわたしを立ち上がらせました。
嗚呼ッ、せっかく仕入れた品物が。風呂敷を拾おうにも、周りの狐たちがわたしを神輿のように担ぎ上げたので、それさえもままなりませんでした。
はて、わたしをどうするつもりでしょう。
狐たちに担ぎ上げられたわたしは、本当に不思議な心地でございました。
突然、狐たちがわたしの周りを忙しく走り回り始めたと思うと、次の瞬間には視界がぐるぐると回って、すっかり面妖な光景でございました。
そうして、ぐるぐると回るうちに、だんだんとわたしの意識はぼやけてきて、朦朧としてまいりました。
自分が何をしようとして、何を考えていたのかも、はっきりとは思い出せません。
気が付けば、わたしは狐たちと一緒に大きな大きな神輿を担いでおりました。
「嗚呼 楽しや 楽し 狐の神輿は楽しやぞ えっさ ほっさ」
周りで狐たちが楽しげに歌うので、わたしもそれに習います。
えっさ ほっさ 狐の神輿は楽しやぞ。
えっさ ほっさ さあ手を取りて。
えっさ ほっさ 共に進もうぞ黄泉ヶ道。
神輿を担いでいるうちに、だんだんと楽しい心地になってまいりました。
はて、そういえばわたしはどうしてこの森に入ったのでしたっけ。
大事なことを忘れている気がしますが、まあ楽しいので良いのではないでしょうか。
狐たちの神輿がどこを目指しているのかもわかりませんが、まあ楽しいので良いのではないでしょうか。
さあ、そこの貴方さまも一緒に手を取って共にまいりましょう。
えっさ ほっさ 狐の神輿は楽しやぞ。
えっさ ほっさ 灯りをともして。
えっさ ほっさ 共に目指そう黄泉ヶ沼。