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かいかた・まさし
かいかた・まさし
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北京2005

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2005年4月 
 中島雅夫は、北京首都国際空港から、タクシーに乗って、北京国際言語学院に向かっていた。東京から飛行機で3時間、到着後、タクシーを拾い、住所と学校名が中国語で書かれたメモを運転手に渡し、発車した。学院は、北京の郊外にあり、主に外国人を専門に受け入れる中国語教育の学校だという。寮も校舎に併設されていると聞いた。
 中島雅夫は、31歳の失業中の男だ。先月、大学卒業後に就職し、七年間務めた貿易会社を人員整理のため解雇された。新しい職を探すことよりも、新しい技能を何か身につけようかと考えていた。これまで雅夫が身につけた技能といえば、英検準1級の英語力と貿易会社での貿易事務の知識ぐらい。あとはパソコンの基本的操作といったところか。何か他とは違う秀でたものがなければと失業者になって以来、考えを巡らせていた。
 そこで、思いついたのは、中国語をマスターすることだった。貿易の仕事で、何度か中国から電話がかかり、英語か日本語でことを済ませたものの、中国人と生で通じ合えれば絶対に得だなと感じる体験があった。特に貿易の分野においては、中国との関係は重要度が増すばかりで、中国語の語学力は大きなセールスポイントになること間違いないと思った。
 中国語は、日本語と同様に漢字を使う。というよりか日本語が中国語から漢字を輸入したのだ。だから、その意味で日本人にとっては、覚えやすい。また、英語を学んでいった経験のある雅夫にとっては、外国語を学ぶと言うことは、そんなに苦痛に感じるものではなく、むしろ、語学は好きな方でもある。
 中国との語学留学を仲介する業者を訪ねた。実際のところ、いざ留学したとしても、ビジネスで話せるほど取得するには、一年以上は最低かかるという。一年間留学だと、飛行機代、学費、寮費、生活費を合わせて百万円ぐらいになると聞いた。中国は経済成長著しいとはいえ、まだ物価は日本よりかなり安い。少なくとも二年間ほど、留学できるだけの蓄えは十分にある。

 しかし、一年以上も外国で暮らすというのには、何だか不安を覚えた。そのことを話すと業者は、三週間ほどの短期の留学を薦めた。たった三週間では観光の延長でしかないのではと訊いたが、業者が薦めたのは、三週間みっちり個人授業をするコースというのである。つまりは、マンツーマンの指導を毎日、三週間できるというのだ。これなら短期といえども、かなりのことが学べる。料金は高くならないかと不安になったが、一時間当たり、米ドルで十ドルだという。一日五時間で五十ドル、三週間、授業日数十五日間で七百五十ドル、九万円ほど支払う手はずとなる。寮は一日十ドル、三週間で二百ドル(二万四千円)だ。寮の費用と航空運賃、食事代、観光代など全てを合わせれば、三週間で二十五万円ほどである。試してみるには丁度いい。
 
 気分転換の旅行と、新しい門出を考える意味で有意義なものになるだろうと思い、三週間の中国留学を決意した。

 タクシーが学院に着いた。すでに夕方である。北京郊外の静かな住宅地に学校の建物はあった。荷物を降ろし、とりあえず玄関へ入った。中国人の中年女性が受付にいた。雅夫は、にっこりと笑い、仲介業者から教わった挨拶の中国語を話した。
「ニイハオ、我姓中島雅夫。我是日本人学生。」
中年婦人は、何を言っているのか分からないという顔をしたが、すぐに
「Do you speak English? Are you Japanese student coming here today?」と英語で話しかけてきた。
 雅夫は、ほっとした。この学校は外国人を主に受け入れているので英語が通じると聞いていた。
「そうです。僕が、今日来る予定の日本人の学生です」と英語で返した。
 この学院の事務員であるという中年女性は、雅夫を寮へと案内した。雅夫は、これから泊まる部屋に着いた。部屋は一人用、こぎれいで、テレビ、机、椅子、冷蔵庫、ベッドがあった。室内に専用のトイレと浴室もある。ひとまず安心した。
 夕食を食べたいなら、食堂が開いていると言われたが、雅夫は断った。そんなに腹がへっていなかった。まずは、休んで寝たいと思い、そう伝えた。

 中年女性は、雅夫にこれからのスケジュールを書いた紙を渡した。さっそく明日から、中国語の授業が始まるということだ。一日五時間のみっちりとしたマンツーマンの個人授業。スケジュール表は、全て中国語で書かれていたが、漢字と時間表で、どんなものであるかは把握できた。

 ふと、気付いたことがあった。指導は「王老師」だと書かれている。王老師、え、と思った。年老いた教官が、これから三週間つくのか。王というので、プロ野球の王監督を思い浮かべた。中国では、よくある名字だと聞く。年老いた男性の教師になるのだろうか。別にきちんと教えてくれればいいさと思ったが、気の合わないお堅い人だと困るなとも考えた。

 翌朝、起きてすぐにシャワーを浴び、髭を剃り服に着替えた。まさに初日、これから三週間、顔を付き合わされる王老師との初対面とあり、緊張した。食堂でお粥とショウロンポウの朝食を食べた後、指定の教室へと向かった。
 すでに午前九時、王老師は、教室にいるはずだ。さっと教室に入った。黒板の目の前に女性が立っていた。
「ニイハオ、あなたが私の生徒さんね。私が王(ワン)よ」
と中国語訛りの英語で話しかけた。顔をほころませた。
 雅夫は、驚いた。「老師」と聞いていたはずなのに、目の前にいるのは、若い女性だ。雅夫より若い二十代前半といったところだろうか。長い髪の毛に大きな目。艶のある肌に細身の体型。とても美しい。そうだ、中国女優のチャン・ツィーを思い出す。いや、それよりも美しいのではないか。
 ああ、驚きだ。そして、嬉しいという気持ちも沸き起こった。こんな美しい女性と三週間も個人授業を、信じられない。自分は何と幸運な男なのだろう。
 雅夫は、一瞬にして恋におちいっていた。今までいろんな女性と恋に落ち付き合ってきたが、初めて会ったとたん、一瞬にして恋におちいるのは、これが生まれて初めてであった。

 王というのは名字で、老師(ラオシ)というのは年寄り若いにかかわらず「先生」という意味である。ちなみに中国語で「先生」は男性の敬称として使い、英語で言えば「ミスター」に当たるのだと王老師に説明を受け雅夫は驚いた。
 雅夫は、彼女を王老師(ワン・ラオシ)と呼ぶことになり、彼女は雅夫の名字の中国読みの「中島(ゾンダオ)」と呼ぶこととした。
 王老師は、まず教科書を雅夫に提供した。初日の授業は、定番の挨拶と中国語を習う上で重要な発音と声調の練習である。
 中国語の最大の特徴といえるのがこの声調である。声調は四パターンある。第一声が高い音を平坦に流すもの。第二声が下から上へ調子を上げていく発音。第三声が下がったと思うと上げる調子。第四声がさっと下がる感じである。日本語で同じようなパターンは、第一声は驚いた時の「キャー」、第二声は、これも驚いた時の「アレー」といった感じ、第三声はがっくりした時に言う「あーあ」といった感じ、第四声は、軽く驚いた時の「まあ」といったところだろうか。
作品名:北京2005 作家名:かいかた・まさし