マリオとマリーと殺人計画
と、松井は言った。小林は小学生に追い込まれていた。しかし一方で、松井は全く頼りにはならないが、マリーなら頼れるのではないかという気もしてきている。小林はついに、「あくまで冗談だと思って聞いてくれ」という前置きを置いた後、本心を語った。すなわち、妻を殺したいという本音を。話し終えた後小林は、「まあマリーちゃんにはまだ分からないかもしれないけど、殺したいって思っちゃうくらい嫌いになっちゃうことが、大人にはあるんだよ。もちろん本当に殺したりはしないけどね」と、冗談めかして言ったが、もはやそれが冗談であると言い張ることが白々しいほど、小林は本音を話してしまっていた。まずかったと思ったが、後の祭りだった。
話を聞き終えたマリーは、あの独特の相手の心を見透かすような視線を小林に投げかけたまま無言だった。絵になる無言の美少女、と小林は場違いなことを思った。一方の松井は目に見えてそわそわし、あたりをキョロキョロしていた。重たい話を聞いて動転しているのだろうか。
急に松井は「ああ、用事を思い出した!すぐ帰らなきゃ!」と言い出した。妻を殺したいという話を聞いて、一刻も早く無関係になりたいらしかった。小林はその態度に怒りを覚えた。親友の悩みには全力で相談に乗るに決まってるじゃないかとかなんとか、電話ではそんなことを言っていただろうお前は。それが今は逃げようとしている。
「ほらほらマリーちゃん、パパ用事あるから帰らないと」
「太郎、今日はこの日のために、夜の予定は全て空けてから来たはずだろう」
マリーは父を呼び捨てにしながら、帰る必要はないはずだと主張した。
「でも、今急に思い出した用事だから」
「それはなんの用事だ」
「お仕事の大事な用事」
「太郎は今嘘をついている。汗のかき方で分かるのだ」
「ぐぅぅぅ・・・」
父に勝ち目の無い親子の言い合いだった。やがて松井は諦めたらしく、その場にしゅんとなって座った。
「こんな話聞きたくない・・・」
小声でそう聞こえよがしにつぶやいているのが聞こえる。構わずマリーは口を開いた。
「それで、具体的な計画はあるのか」
「いや・・・それを今日相談しようと思って来たんだ」
「計画を全部他人に丸投げするつもりなのか?」
マリーの追及は容赦がなかった。小林は大人の面子をかけて、丸投げなどするつもりはない、一応自分でも立ててみた計画がある、と言い張った。張子の虎。
小林はなんとかその場の思いつきで計画をでっち上げ、マリーに語った。ナイフで妻を殺害した後、車で山に運び埋めるという大雑把なものだった。それを聞くとマリーは考え込むように少し黙り、言った。
「なるほど・・・。実にシンプルではあるが、いいと思う。推理小説のようにアリバイを仕立て、トリックを駆使してやるよりも、シンプルに普通にどこか見つからない場所で殺し、シンプルに山に埋めてしまうというのは、実は完全犯罪達成確率が高いのではないかな」
マリーに褒められ、小林は自信をつけた。そしてついに、酔った勢い、ここまで話した勢い、それに任せて、小林は言った。
「マリーちゃん、なんとか、手伝ってもらえないかな」
「だめだマリーちゃんそんなの!」
マリーが答えるより早く、松井が制した。親として当然の務めだろう。
「言われるまでもなく、この殺人計画では手伝うことはできない」
マリーは断った。小林はその言葉にひっかかった。「この殺人計画では」?
「マリーちゃん、では、計画を別のものに変えれば、手伝ってくれるのかい?」
「ふむ、そうだな、手伝ってやらないこともない」
「そんなぁマリーちゃん!」
松井は頼りない悲鳴をあげた。
「どうすれば、どういう計画にすれば手伝ってくれるんだ?」
「ふむ、殺人の際、ナイフを使うの止め、ピストルに変更するならば手伝ってやろう」
小林の頭にクエスチョンマークが浮かぶ。ピストルだって?一方、マリーの言葉を聞き、松井がその顔に輝きを取り戻していた。
「なるほどマリーちゃんさすがだ!そうだね、ピストルを使うなら僕も手伝ってもいい」
別にお前には手伝ってもらいたくないが。
「なぜだ松井、マリーちゃん。なぜナイフじゃダメでピストルならいいんだ?」
松井はマリーに目配せをした。それを受けてマリーが答える。
「一度、ピストルを撃ってみたい」
「女の子になっても、そういう所はマリーちゃん男の子らしいよね。カズちゃん、僕もピストル撃ってみたい」
なんなんだこの親子は。真剣な相談をしていたのにバカにされた気がして、小林は怒った。
「ふざけるな、だいたいそんなもの、どこで手に入れろって言うんだ」
「ネットとかで探せないかなぁ?あ、それか、カズちゃんやくざに知り合いいない?やくざから借りれば?」と、松井。
「いざとなれば、警官を襲って奪うという手もあるぞ」と、マリー。
二人の言葉を聞き、小林は怒って席を立った。伝票はもちろん松井親子に残したままだ。一円たりとも支払う気にはなれない。
4
数日後―――さっさと夕食を済ませ、無言で自室に向かう妻の背中を、小林はリビングで見送った。特に珍しい光景ではない。二人でリビングでくつろぐことなど、この数年記憶に無い。それにしても―――小林は思い出す。先日のあの親子のことを。酔っていたとはいえ、あんなおかしな二人に自分の心の闇を全て曝け出してしまった自分は愚かだったと思う。しかしそんな自分を棚に上げ、思う、なんて不愉快な二人だ、と。人の真剣な相談をあんな風に茶化すとは。協力しろとは言わないが、必死で止めるとか、怖がって警察に行くとか、もっと真剣な受け止め方ってあるだろう。
だが、決して認めたくは無いが、感謝の気持ちもあった。あの二人の態度に腹が立つのは今でも変わらないが、一方で、あの親子と話したおかげで何か毒気を抜かれてしまったのも事実だった。
殺人。冷静に考えれば、うまく行くはずが無いし、それ以前に、今や憎らしい妻とは言え、一時は愛した女なのだ。それを殺すなど、とんでもない話だ。そんなことに考え至らない程、冷静さを失っていたのだということに気づかされた。殺人計画は、白紙だ。
しかしそうやって冷静になってみても、先の展望は見えなかった。離婚も殺しも選択できないとするならば、この結婚という牢獄を抜け出す手はあるのだろうか。
その時だった、「ピンポン」と、呼び鈴が鳴った。妻が自室に引きこもっているので仕方なく小林が玄関に出て、ドアスコープを覗く。するとなんと、松井親子がそこに立っていた。
「一体どうしたんだ二人そろって」
部屋に招くことはせず、玄関の立ち話で尋ねる。当然玄関で追い返すつもりである。
「私はやめておけと言ったのだが、父がどうしても先日の無礼を小林に詫びたいと言うので、私も保護者としてついてきたのだ」
詫びたいらしかった。少し、小林の心がほぐれた。なんだかんだ言っても、小林と松井は高校時代の親友なのだ。
「カズちゃん、この間は変なこと言って本当にごめん。あの後考えたんだけど、僕は友情を貫こうと思う」
そう言うと、松井は懐からロープを取り出した。
「おい松井!そんなもので何する気だ!」
作品名:マリオとマリーと殺人計画 作家名:ユウキヒロ