やまなしこうえんにて
会社帰り公園に立ち寄る。
日が暮れ。
夕日の赤は山際に遠慮しがちにとどまっていて、空の大半は寒気を催す青で占められている。
ザッ
砂場の前で足を止める。足元にマッチ箱のような小箱が落ちている。そこに描かれている文字。
クラムボン
もはや俺には当然のことだった。これで3日連続クラムボンだ・・・
もちろん拾う。そして手にとって間近に眺めた瞬間、俺は爆笑した。
クラブボン
clubボン。何のことはない、ボンという名のクラブのマッチだった。
「ばっかばかしい」
俺はこの3日間、何に悩んでいたのだろうか。その正体は結局俺の誤解や勘違いなのだ。
俺はマッチ箱を地面に落とした。
するとその衝撃で、マッチの蓋がスライドして開いた。
そして
そこから
トコトコと2匹のカニが這い出てきた。
「クラムボンは言ったよ」
カニの一匹がそう言った。
そう・・・そのカニは「クラムボンは言ったよ」と言ったよ・・・・・
後はほぼ原作通りの展開だった・・・
夕と夜の丁度中間の空。
夕日の赤らみとっくに去り、辺りには青の濃淡のみが残る。
それをいいことに、空は公園まで降りてきて、すっかり水中の様相で、私は「青白い水の底」でございますといった調子。
しまいに「つぶつぶ暗いあわが流れて」きたり「日光の黄金は、夢のように水の中に降って」きたりとカニ達の会話の進行に合わせて砂場の周辺はすっかり『やまなし』になりきってしまいました。
僕は口から「ぽつぽつぽつと、続けて五、六つぶあわをはき」ながら、カニが「クラムボン」というたびに、こちらをチラチラ伺うのをなんとなしに見届けていました。
足の下ではいつの間にか3匹になったカニ達の寸劇が佳境に近づいています。そして・・
「親子のかには三びき、自分らの穴に帰っていきます。
波は、いよいよ青白いほのおをゆらゆらと上げました。それはまた、金剛石の粉をはいているようでした。
私の幻灯は、これでおしまいであります。」
作品名:やまなしこうえんにて 作家名:或虎