球体地獄
自白
アダルトビデオを借りた夜――僕は寂しかった。「愛」という漢字を知っていても、その感じを知らない……
パッケージに一目惚れした――というのは少し語弊があるか?パケ写の子に、見覚えがあった。よく知っている子……にそっくりだった。僕が秘かに想いを寄せるバイト仲間の……あこさん……
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情けない――自分自信を叱咤シゴキながら、僕はため息と吐息に塗れ、湯気が出るほど興奮していた。
ビデオの子――本当にあこさんにそっくりだった。
ビデオの内容は――所謂「素人もの」で、ロケーションは、場末のラブホ。映像はハンディカメラでとったのであろう画素の荒い映像。鮮明でないからこそ逆に、「似ている度」が増すという現象……乱れ蠢く黒髪のフレームに収まる顔、その判別がつかぬ分を、既にして見知る人物の詳細で埋め合わせようとする脳の働きは自ずと……ビデオの子をあこさんに近づいていく……
しつこいが、本当にそっくりだったんだ――僕の大好きな……あこさん、田辺あこさんに……奇しくも、ビデオのタイトルは『素人援交Vol64 アルバイトA子』、偶然に過ぎる一致、あこ=A子というわけだ。その発想に思いついた途端に、僕の勃起は、更に怒張して勃起勃起してしまった……
罪悪感さえあった――本物のあこさんに申し訳ないと思った。不思議な生理現象、申し訳ないと思うほどに……僕の性的興奮度は激増した。どうしようもないほどに……
300円でレンタルしたんだ――僕はこの楽園を、300円でレンタルした。返済は6日後、それまでの間に僕は何度……A子を犯すのだろうか……果てても果てても果てしない……嗚呼……永遠は、一秒の連なりに過ぎないのだな……
A子は侵されて犯されて、冒されていた――映像の中で。A子を嵌め撮っている監督兼演出兼男優のシルエットに、僕は完全にシンクロしていた。多分きっと……いや、間違いなく。僕は今この部屋で、こうして……人知れず愛を密造している。
真夜中――僕はビデオを数えきれないほど繰り返し、リビドー再生していた……
或ことに気がついた――首筋のホクロ、とても変わった形と連なり。3つの黒点が、面積3センチメートルの「冬の大三角形」を模している。
「これって……あこさんの首にあるホクロと全くおんなじ……え?……アレ?……」
trrrrrrrrrrr――ケータイが鳴る。ヘッドホンを跳ね飛ばして、ケータイを掴む、耳に近づける。「もしもし……」「あ、ごめんねこんな時間に、起きてた」「うん……起きてたけど……なに?」「明日なんだけどさ……」「……うん?」「……バイト代わってくれない?」「…………ああ、いいy」と返事を返そうとした瞬間、ヘッドホンからの大音量、もはやスピーカー、一際大きな喘ぎ声、A子がイク断末魔を……ケーター越しに、あこさんの耳に届けた。
「ねぇ……今の声……って……ワタシの……ひょっとして……」
さすがに、声だけでは特定されるはずはないのだが……絶望的なことに、A子がイク瞬間に放ったセリフは非常に特徴的な言い回しだった……生々しいのでセリフの詳細は割愛するがともかく、そのセリフの特異性から、彼女は気付いてしまった……僕が……彼女の作品を鑑賞しているという事実に。
「……今からそっち……行っていい?相談したいこと……あるから」「…………え?今から」「そう」「……柳新町だよね?アパート」「うん」「今、近くにいるの、どの辺?」「ローソンの向かいの……アパート…だけど、え?今から来るの?」「うん。何号室?」正直僕は、断固として彼女の侵入を防ぎたかったのだが結果、観念した。逃れられぬ罪悪感があっし、あこさんの声のトーンが、叱責のそれだったことも……僕の気を挫いた。「今から行くから」
なんと、1分20秒後だったのだ、インターホンが鳴ったのは――あまりに唐突、そんなに近くにいたの?何の準備もしていない……というか、こういう場合に、一体どんな準備をすればいいのか分からない。鍵は、閉めてなかった。ガチャリ、無遠慮にドアを開ける彼女「入るね」「…………どうぞ?」
入室して――あこさんが発した第一声「ねぇ……これ、何のニオイ?」僕は戸惑う「え……いや……えーと、何のニオイでしょうか……」気付かれないように、ゴミ箱を横目で見る。僕のDNAを含ませたテッシュが、仔犬のプードルほどもある体積でそこに固まっている。
彼女は、僕の視線の先を確認して、ため息を吐いた。「……まぁ、いいわ……で?……いつ?」「え?」「……ワタシが……ああいうビデオに出てることに気付いたの」「……6時間ぐらい前……かな」「うそ」「……ほんとだよ。嘘ついてもしょうがないし」「言ったの?」「いや……それは、まだ本当に……気付いた途端に電話が鳴って……まだ逝ってないです」「……そう……ねぇこのこと黙っててくれる?」「…………もちろん。誰にも言わない」「……信用出来ないなぁ」「……そんなこと言われても……本当に誰にも言わないよ」「信じれない。だから……」
彼女は、おもむろに、セーターを脱いだ。「ちょ!何してるんだよ?!」豊満なバストが露わ、夢にまで見た、あこさんのオッパイ、いや……夢にまでというか、さっきビデオで見たのだが……
「SEXしましょ」
――どうしてそうなる?僕の思考は、停止寸前のスローモーション。「え?ひょっとして童貞?」「いや……違う……っていうかそういう問題じゃなくて、どうしてその……SEXを?」なんてマヌケな質問をしているのだろう僕は……
「口封じよ」
「……イヤだ」
――僕は、本当にあこさんのことが好きだった。なんというか彼女は独特の……透明な膜のようなものを持っていて、その制空権に入ると、包まれる感覚……心地よさ、程よい鼓動の高鳴りは、カフェインを摂取した後のように精神を安定させる。軽い中毒性、周囲のニンゲンを魅了する。いいことなんて一つもない人生、僕の人生の、支え。
「SEXなんかしなくたって、僕は秘密を守るよ」
「だから、それが信じれないっていってるの」
――僕は。
「失いたくないんだ……」
「何を?」
「僕の好きだったあこさんを……」
「…………幼稚ね」
「幼稚かもしれないでも……僕はバルビュスの書いた『地獄』の主人公みたくなりたくないんだ」
「……知らないわそんな小説。ワタシが知っているのは、SEXはとっても便利ってことだけ」
「その事実を……僕は知らない……知りたくもない……消えてくれ……今直ぐ僕の前から」
「イヤよ……言っておくけど、女って、どんな状況になっても、好きでもない男と寝たりしないの……分かるよね?意味」
「……頼む……消えてくれ……」
僕は――布団を被って震えた。すべてがおぞましかった。世界は悪意に満ちている……何が彼女をこんな風にしてしまったんだ……僕の好きだったあこさん……嗚呼……分かったゾ……そういうことなんだな……
「逃げないで……よ」