十のちいさな 小さなものがたり 1~10
2 占い蛸 恵比寿様
日がな1日岩に張り付くようにして、ほとんど移動しないで暮らしている。
ここは静かな海の底、と言いたいところだが、結構にぎやかである。低い、何かがうなっているような音が、絶えず響いているのだ。
ここにはいろんな種類の貝やら海老やらが住んでいて、砂の中から這い出してきてうろつき回る時間帯がある。それを見つけると、腕を伸ばしてさっとつかむ。殻をひねるようにしてこじ開けて、身をおいしく頂くのだ。
時々、食べ物が上から落ちてくることもある。
いつものように岩の隙間から外を睨んでいると、目の前に海老が下りてきた。腕を伸ばしてそれをつかんで口に入れると・・・なんだ!? なんで引っ張られるんだ?
すべての腕を使って、岩に必死になってしがみついた。ようやく、引っ張られることが止んだので、腕を岩から放した。
!
途端に再び強く引っ張られて・・・行き着いた先は、なんだ?
ぎょろりとした目と、目が合った。そして箱の中に入れられて・・・。
私の周囲を4本腕の生き物が取り囲んで、ジーッと睨んでいる。
☆ ★ ☆
「おっちゃん、こいつかいな占いするタコ、ちゅうんわ」
「そや。こいつ釣り上げてな、箱ン中入れてたら、一緒に入れてた瓶のふた開けよったんや。ほやさかい、訓練さしたった」
小料理屋【ヱビ寿】のおやじは、西宮浜でタコを釣り上げて来ては捌いて、客に出している。新鮮さを売りにしていた。ところが目を合わせてきたタコ、器用に瓶のふたを開けたので、ドイツのパウル君を思い浮かべ、商売繁盛をも願って【恵比寿様】と名付けた。西宮神社の“えべっさん”にも詣でて、占いの力を授けてもらったのである。
「ほんでタイガースは、どないやねん」
餌の入った2つの瓶が水槽に入れられ、それぞれにはビニールで作った手製の、阪神タイガースと読売巨人の球団旗が付けられていた。恵比寿様はためらうことなく、阪神タイガースを選んだのである。
ヤッタァーとか、ワハハハとか、せやせやとか・・・客たちは、憚ることもなく唾をあたり一面にいっぱい飛ばしながら、上機嫌で自分の席に戻ると、ビールやら酒やらを再びあおりだし、テレビの試合中継に熱中し始めた。
そこでは皆が皆、タイガースの監督であり、指示を飛ばしては口喧嘩を始めるのである。
2週間が過ぎた。
「このタコ助、茹でダコにして食ってしもたらどないや」
「そや、酢ダコがええんちゃうか、ワシ、好きやねん」
客は、タイガースしか選ばないタコに腹を立てているのである。
初めのうちは占いの結果が外れたとしても、タイガースが勝つものと、ひとときでも信じていることは楽しい。もし他方を選んでいたら・・・怒り出したであろう。
だが、連敗のタイガースに今は怒っているのである。その矛先が、タコの恵比寿様に向かい始めているのだ。
かように、タイガースファンの扱いは難しいのである。
タコにも好みがある。黒・赤・橙の順で、また横長な模様に反応しやすい、ということが、研究者により発表されている。
作品名:十のちいさな 小さなものがたり 1~10 作家名:健忘真実