海岸の思ひ出
「……ハルー? おい、ハルーや」
ずっとしばらくしたとき、後ろから声が聞こえた。
おじさんだった。いつもこんな時間に早起きしているのか、それともたまたまなのか、わからなかったけれど……おじさんは、心配げな顔で、僕を見つめていた。
「こんなところで、何を……」
おじさんのその言葉が、途中で途切れた。
……僕は眼を見開いて、立ち上がった。
あの人が、僕らの目の前に……おじさんの目の前に立っていた。そして、おじさんにも、その姿は明らかに、ハッキリと見えていた。
「ああ……君は……」
おじさんの両の手が、震えていた。
「……君は……君は……」
その人は、おじさんに近寄ると、その手をゆっくりと、優しく握った。おじさんは、その人の手を、しっかりと握り返す――今にも泣き出しそうになっていた。
その人が、そっと、おじさんを抱きしめた。包み込むかのように――まるで、お母さんが、子供を抱きしめるかのようだった。
――……。
その人が、おじさんの耳元で、確かに何かを囁いた。数秒間。
僕にはなんて言ったか、全く聞こえなかった……いや、分からなかった。
けど、おじさんには、確かに何かが、伝わっていた。
おじさんの口が、何かを言いたそうに、パクパクと動いていた。けど同時に、おじさんの目が大きく開かれて、眉が寄せられた……僕にはそれが、悲しみなのか、それとも喜びなのか、どちらとも分からなかった。
そして、おじさんの目から、涙が溢れ出した。泣き声が、おじさんの口元から、漏れ出していた。おじさんは、その人の体に包まれながら、丸くなるようにして、膝を付いて、うずくまった。
その人も、それに続いて屈みこんだ――そっと、おじさんの右手を持ち上げた。その人が、その手の甲に数秒だけ、口付けした。
また、その人の口元が動いた……それが、最後だった。
その人は、とっても優しい微笑みを残しながら、そよ風の中に、そっと消えて行った。
……おじさんは、ずっとうずくまったままだった。両の腕で、顔を隠して、ずっと、静かに泣き続けていた。
「おじさん」
しばらくした後、僕はおじさんに歩み寄った。
「……早く帰ろう、おじさん」
僕は、おじさんの傍にそっと屈みこむ。おじさんの背中を、そっと撫でてあげた。
「おてんとうさまが、還ってきちゃうよ?」
「ああ……ああ……! そうだな、いい子のハルーや……」
「立てる? ……僕、おじさんの家まで送るよ」
「大丈夫だ。一人で帰るよ……ありがとう、ありがとう……!」
おじさんは、感謝の篭った声で言うと、僕に顔を見せないようにして立ち上がった。そしてそのまま、確かな足取りで帰り始めた。
僕はしばらくおじさんの後姿を見守った。そのあとで、後ろを振り返って、帰り始めた。
――水平線の先の空が、明るくなり始めていた。僕は、切ない気持ちで、けれど、とっても綺麗な気持ちで、胸がいっぱいだった。
☆終わり