正直者と裏切り者
まったくもってその通りだ。"正直者"の俺に話す以上、その話は限りなくフルオープンになるので隠し事の概念がそもそも破綻するので、もし俺が何かの秘密をバラしたとしても、周りからは「隠し事を話した物木が悪い」ではなく「物木に隠し事を話したお前が悪い」という評価が下される程だ。実に物分かりの良いクラスメイトである事に日々感謝である。
「まあ、良いや。これ、何かわかる?」
「小麦粉のような白い粉が入った小袋」
「惜しいー、90点。因みに、これはただの小麦粉だから安心して」
「ふーん。で、それを使ってまた一人の人間の顔を歪ませる訳だ」
「流石、被害者は察しがいい♪」
「全ッ然嬉しくない」
「でも、流石に先生に見つかっちゃうと面倒臭いから、先生が引いてくれるこの時間まで待ってたの」
「そして俺はその時間つぶしに付き合わされたって訳だね。迷惑だよ」
ようやくこの一連の乃木森さんの不可解な行動の理由が一本の線として繋がり、知的好奇心は大層満足したのだが、その為に支払った時間があまりにも長すぎる。
「そんな怒らなくてもいいじゃない。ちょっとだけ良い思いしたんだし、ね?」
「それとこれとは話が別だよ」
「こんな絶世の美女と数時間も一緒に居られたのよ?」
「2時間ぐらい前まではそう思ってたけど、何回も身体くっつけられたら慣れた」
「贅沢ね。私に触れられる男子なんてそうそういないのよ?」
「うさんくさい」
因みに、絶世の美女と自分で言っている事にツッコまないのは、それが誇大表現だとは寸分も思わないからだと補足しておこう。
「あら、嬉しい事言ってくれるじゃない。悪い気はしないわね」
「中身はこの世の悍ましさを凝縮しても足りないぐらいの醜悪さだけどね」
「綺麗な薔薇だとは思わない?」
「見ただけで目が串刺しになりそうだよ」
まるで前々から話し慣れているような感覚。思わずその勘違いに身を浸らせたくもなる。
しかし、相手はあの"裏切り者"だ。その身を浸らせた瞬間、身体も心も串刺しになってしまうのだろう。
「私の事をなんだと思っているのかしら」
「最強に可愛い最凶の悪魔」
「うふ。100点満点でも足りないぐらいの素敵な解答ね」
でもやっぱり乃木森さんと一緒にいる間は、いつもよりも早く時計の針は回っていた気がする。
「口説いているの?」
「そんなつもりはないよ。だけど本心だから」
「それを口説いているっていうのよ」
「じゃあ、俺とお付き合いしてください」
「いいわよ」
「別れよう」
「2秒の愛だったわね」
そりゃあそうさ、乃木森さんは自分の手中に収まる女性ではない事ぐらいわかっているのだから。それならば深く傷つく前に自分から別れを切り出してしまった方がダメージも少ない。
「第一、俺だって身の丈って言葉を知ってるからね」
「あら。物木くんは背伸びとかはしないの?」
「何m背伸びすれば届くかもわからない相手に背伸びはできないよ」
俺からすれば、やっぱり乃木森さんは雲の上でダージリンティーを嗜んでいるような人な訳だし。そんな相手に背伸びして届こうなんて、おこがましいにも程がある。
「でも物木くんだったら行けるかもしれないわ。ほら、私が手を差し伸べたりとか」
「"裏切り者"の乃木森さんが差し伸べる手ほど怖い物もそうそうないと思うけど」
そもそも今こうして喋っている間にも次に陥れる人間の苦しみに喘ぐ姿を妄想して楽しんでいるかも分からないんだし。何より、陥れて手を差し伸べてまた突き落として嘲笑う事を生きがいにしてる人なんだし。
「そうね。でもこの小麦粉で陥れるのは物木くんじゃないから安心していいわ」
「もう種明かされちゃったしね」
「って思ってる人程陥れやすいんだけど」
ザザザッと乃木森さんから3、4歩離れる。
「冗談に決まってるでしょ」
「冗談になってないから」
人の歪む様を快楽として受け取る人間が言うと何の冗談でもなく犯行声明にしか聞こえない。なまじ被害を受けた事があるだけ、その冷たい恐怖が生々しさを帯びていくのを乃木森さんはわからないからそう言えるのだろう。
「ふふ」
彼女は怪しげに笑う。この人が学校中からハブられる事がないのは、繰り返し伝えるその黒髪ロングくせっ毛三つ編みカチューシャとあらゆる属性を含めてトータルバランスに優れた美貌と、俺を含めて被害を負わせた人間ともなんの気兼ねもなく話しかけて来る気さくさに惹かれる人間(主に男)が多いからなのだろう。
「だって、話しかけるだけで勝手に餌が自己再生してくれるって、良いと思わない?」
同時に、「こういう物騒な一面がなければ」と切に願う人間(主に♂)も沢山いると思うんだけど。
とは言え、それを本人に直談判した所で易々と直る物ではないだろうし、もしも本気でそれを願う人がいるとしたら、それはそれは相手が悪かったのだと同情する他ない気がする。合掌。