蒼空の向こう
第一章・嵐
昭和32年、8月21日。
夏には珍しく鉛色の雲が水平線まで降りている。
雲の上の遥彼方、稲妻が真横に走っていた。その光の残像はあたかも天空を翔ける龍の姿のようだった。
黒く染まった海原は、大きくうねりながら海岸線へ巨大な生き物のように幾筋もの波となって突き進み、岩に当たって砕け散っている。飛び散った飛沫は岸辺から数十メートル先に生い茂るトベラの枝葉を洗っていた。沖合では三角波が立ち、白い飛沫を上げていた。
漁師の賢三と義父の森一は、手漕ぎ船で刺し網を仕掛ける為に御床島に向かっていた。
全長5メートル程の小さな船だ。大きなうねりに飲まれそうになりながらも、二人は巧に櫓を漕ぎ、舟を操っている。正しく熟練の技である。
「荒れだしたなぁ!賢三さん。台風が来るとは聞いてはおらんがなぁ!」
「変な天気だ。さっさと網を仕掛けて帰ろう・・・爺さん。今日はいつもより沖合に仕掛けるか、この波で網を破かれちゃあ敵わん」
「そうだな。賢三さんよ、あの潮目の手前でどうかな」
「分かった。もうひと漕ぎだ。爺さん、無理はしないでくれよ」
「なあに、これしきの時化なんかどうって事ないわっ!わっはっは!」
手漕ぎ船は、時折、波間に姿を消しながら、水面に軌跡を残してゆっくりと進んで行った。
昭和32年、8月21日。
夏には珍しく鉛色の雲が水平線まで降りている。
雲の上の遥彼方、稲妻が真横に走っていた。その光の残像はあたかも天空を翔ける龍の姿のようだった。
黒く染まった海原は、大きくうねりながら海岸線へ巨大な生き物のように幾筋もの波となって突き進み、岩に当たって砕け散っている。飛び散った飛沫は岸辺から数十メートル先に生い茂るトベラの枝葉を洗っていた。沖合では三角波が立ち、白い飛沫を上げていた。
漁師の賢三と義父の森一は、手漕ぎ船で刺し網を仕掛ける為に御床島に向かっていた。
全長5メートル程の小さな船だ。大きなうねりに飲まれそうになりながらも、二人は巧に櫓を漕ぎ、舟を操っている。正しく熟練の技である。
「荒れだしたなぁ!賢三さん。台風が来るとは聞いてはおらんがなぁ!」
「変な天気だ。さっさと網を仕掛けて帰ろう・・・爺さん。今日はいつもより沖合に仕掛けるか、この波で網を破かれちゃあ敵わん」
「そうだな。賢三さんよ、あの潮目の手前でどうかな」
「分かった。もうひと漕ぎだ。爺さん、無理はしないでくれよ」
「なあに、これしきの時化なんかどうって事ないわっ!わっはっは!」
手漕ぎ船は、時折、波間に姿を消しながら、水面に軌跡を残してゆっくりと進んで行った。