毒のある果実
狂ったように流れ出す蝉の合唱に混じって、僕の名前を呼ぶ艶のある声が聞こえた気がして、僕は身を強張らせた。それでも、
「さあ、帰ろうか。―――諒」
一瞬で、動揺も不安も見抜いてしまう相手がいるのは、とても心強くて。
このひとならば味方になってくれる、そう感じた。
一緒になって、《母》に立ち向かってくれる。
逃げないように、手を握って。竦んでしまう身体を横で支えてくれる。
何てことない。そんな表情で、差し出した手を僕が取るのを待っている。
「……わかりました。千雅先生がこれ以上、給料を減らされたら可哀そうです」
「お前な」
だから今だけは。
ほんのすこしの時間でも構わない。
このひとの隣で、わらうことが許されるだろうか。何者かに問いながら、唇を噛む。
固く繋いだ手を離さずに、僕は学校への道を歩き始めた。
了