暁の女神-Goddess bless you-
「私は、戦乙女(注:世界の終末に備え、優秀な戦士の魂を集める半神。美しい娘の姿をしている)に選ばれたんです」
まるで夢でもみているかのようだった。処刑前日、取材をした記者にカーライル大佐は話した。熱を込めたまなざしはどこか、別の場所にいる何者かに注がれている。
身体の自由を奪われ、白い布で目隠しをされた状態であっても。堂々とした様子は変わらない。
無慈悲な宣告と共に銃口が火を噴く。崩れ落ちた彼の頭から流れ出たのも同じ色の血であったことに、驚いた者は少なくなかった。
最期の瞬間まで、彼は微笑んでいた。
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少年から買った新聞を胸に抱え、いそいそと家路を急ぐ。家に帰って早く、エレナと、お腹の子どもに見せてやろう。ああ、見えないのなら声に出して読んでやる。そうだ、父ちゃんもこれで一人前の記者なんだ。
これほど大きな記事を任せてもらえたのは、初めてだった。鳥打帽をかぶり直し、恍惚とした表情で記事を眺める。うん、何度見てもいい出来だ。
お兄さん。
ハスキーな声で後ろから呼び止められる。
何だろう、まさか何か売りつけようっていうんじゃないだろうな。
目が焼けたのかと思った。真っ白な、強烈な光。色を失ったかのような瞬間がそこには確かに存在した、はずだ。そんなわけがない、当たり前だ。
どうかしましたか、何か僕に御用ですか?
ええ、すこしばかり貴方がお持ちの新聞を拝見したくって。
女が頸を傾げると、豊かな銀髪が右に揺れる。飾り気がなく簡素な白のドレスはまるでベッドシーツかなにかのように見える。だが、彼女の顔を見れば貧しい家のものとは思えなかった。陶磁のような肌、浮かべた笑みさえもどこか不自然で、なんだか作りものめいている。
そうか、病人か。頭をおかしくしちまったのか、気の毒に。そういや近くに精神病院があったはずだ。看護婦や医者の目を盗んで逃げ出したのか?
ああ、よかったら差し上げますよ。いくつか余分に買っておいたんです。
それはどうも御親切に。
夢見るような表情のまま微笑むと、女は男に背を向けた。真っ赤に染まる石畳の道をゆったりとした足取りで歩いていく。
新聞記者としての第一歩を踏み出した男は、自身の平穏と道徳心を秤にかける。面倒なことに関わり合うのはやめて、女とは逆方向に道を歩いていく。
家路を急いでいた彼が、もし振り向いていたなら、あの可哀そうな女の姿が突如として消えたことに気付いていただろう。しかし、男の心は既に愛しい家族の元へと羽根を広げ、飛び去った後だった。
了
作品名:暁の女神-Goddess bless you- 作家名:鷹峰