スピカ
試すような目。萎縮してしまうような冷たさで、彼は突き放す。もう嫌だ、怖い。がっかりされるのが怖い。失望されるのが怖い。
好きだという気持ちを否定されるのが、怖い。
「ねえ。頼ちゃんは本当に俺のことが『好き』だって、そう言える?」
このひとは私から言葉を奪っていく。何も言えなくなった私を見て、溜息を吐く。やだ、やっぱりいやだ。好きになんかならなくていい。お願いだから、嫌いにならないでほしい。
あさましい。あさましい私。先輩に、嫌な想いをさせたくないとずっと思っていたのに。こんな終わり方を選ぶなんて、ばかだ。
かなわないゆめなんて、みなければよかった。
「…っ、で、でもすき、なんです! とても、冷めたようにしていても、私のことを気にしていないようにしていても。貴方は私を見ていてくれた。たったそれだけのことが、私はすごく嬉しかった!」
自分でもわけが分からないだろうなと思いながら、話す。
『あ、の』
朝練で家を早くに出た由貴に、小母さんから届けてくれないかと預かったお弁当。抱えたまま、自分よりもずっと大人っぽい上級生になかなか声をかけられず、廊下をうろうろしていた私。
『それ、ゆきにでしょ?』
肩を叩かれ振り向くと、すらりとした男子生徒が私の手から弁当の包みを取った。
『ゆき?』
『ああ、よしたかくんのこと。なんか、ゆきの方が女の子みたいで可愛くない? 本人、すっげ嫌がるんだけどさ。なんでだろうね』
無邪気に笑いながら、これ俺が全部食べちゃったらどんな顔するだろうねなんて言う。軽口をたたく彼を見ていると、いつの間にか緊張していたことさえ忘れて、笑っていた。
あのときも、先輩は私のことを知っていてくれた。どんな微かな繋がりでも、由貴を通してであっても、顔の見えない相手ではなかった。
「そう」
ふっと、東雲先輩は息をもらすようにして言う。少しだけ屈むと頭に、ゆっくりと時間をかけて口付けをした。
「泣かないでよ、またキスしたくなる」
もう、してるじゃないですか。涙まじりの声で訴えると楽しそうに笑った。
「謝らないよ、君にしたことは。俺も正直、何で君に触れたくなるのか、放っておけないのか分からないんだけど。泣き顔とか、困った顔が可愛いから、他の奴に見せたくなくなる」
小さい子どもにするように、何度も何度も。彼は私の頭を撫でてくれる。落ち着くまで、待っていてくれる。
「一年経ったら」
ぽつり、先輩は言った。
「俺は君のこと、忘れるよ」
身近にいないと、ひとはひとを忘れる。特に俺みたいなのはね。
「それとも、今すぐ俺と一緒に来る? …来るわけないよね」
私は先輩の手を取らない。今の私はまだ、追いつけないのがわかるから。甘えてばかりで、なにひとつ自分でできない子どものままだから。
ざあ、と梢を揺らす風がどこからか白い花弁を運んできた。雪のように真っ白な花びらが舞う。
次に会う時は、満開の桜の下で。
東雲先輩は言う。
また待っていてあげる、と。
あんまり遅かったら置いていくかもしれないけど、と。冗談めかせた本気の眸がこちらを見据える。ぎゅ、と胸の奥がくるしくなった。
「じゃ、ばいばい。またね、頼ちゃん」
今度こそ、俺が納得できるような言葉を頂戴ね?
ひどく楽しそうに、先輩は言った。
きせつは、春。
遠ざかる背中を目で追いかけながら、一歩踏み出す。
前へ。
今はまだ、交わることのない道であっても。
いつかは、貴方に近づけるように。追いつけるように。
ちゃんと、私の『すき』を証明するために。
自分の気持ちから逃げることなく、向き合うために。
今度は私が、貴方の元へ行く番だ。
了