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月も朧に

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「しかし、それは兄弟弟子としてやないですか? お嬢さんの気持ちを考えてください。私はお嬢さんをよく知りません。お嬢さんだってそうです。もしかしたら、性格が合わんかもしれません。お嬢さんには好きな人がいるかもしません」

「でもね。好き嫌いは……」

 そう言い掛けた藤五郎をお藤が遮った。
どうやら親子喧嘩は一門の真の頭である娘の勝利で終わったようだった。

「兄さん。好き嫌いは大事だよ。ごめんね佐吉、うちの人がなんか婿入り押し付けちゃったみたいで」

「いいえ……」

「わたしは佐吉に賛成。まだ若いんだから、すぐに婿を決めなくて良い」

「だが……」

 まだ佐吉の婿入りを推し進めたい様子の藤五郎をお藤は諭した。

「兄さん、お父さんにも言ったんだけど、佐吉はまだ婿候補でいいじゃない? わたしも鳴海屋の次男坊はイヤだし、出来るなら佐吉が良い」

「やっぱりそうだよな?」

 嬉しそうな彼だったが、お藤は釘を刺した。

「でも、最終的に決めるのはあの子よ」

 不服げな表情を浮かべる彼に、お藤は不敵な笑みを浮かべてすり寄った。

「怖いお母さん説得して兄さんをお婿に選んだの、誰かな? 忘れたの?」

 藤五郎はぼそぼそと恥ずかしそうに言った。

「お藤お嬢さんです……」

「そう。忘れないでね。兄さん。……そういうことで、佐吉」

 お藤こと藤右衛門。一門の真の頭が結論を述べた。

「貴方は婿の第一候補にとどめ置きます。最終決断はお永自身が下します。いいですね?」

 佐吉は素直に従った。
続きがまだあった。

「万が一、婿に選ばれなかった場合でも、貴方がどこに出ても恥ずかしくないよう、責任を持って育てます」

 佐吉はこれをなにより嬉しく思った。
三太も弟弟子の将来が安泰という事で、ほっと胸をなでおろしていた。





 己の行き先が見えた事で心が軽くなった佐吉。
さっきから気になっていたことを口にした。

「兄さんは立役ですか? 女形ですか?」

「どっちもやるよ。でも女形の方が得意かな。婿定めにいろんな立役さん相手に女形やってきたんだけど、一番この人と相性が合ったの。ね? 兄さん」

「え? あぁ、まぁ……」

 お藤は聞かれもしないのに夫との慣れ染を藤右衛門姿のまま語り始めた。

「この人、板の上と下では全然違うでしょ? 男同士の仕事の時は凄く厳しいのに、女に戻って会うと真っ赤になっちゃってもじもじし始めて。それが可愛いくて」

 真剣に話を聞いている若者二人に、藤五郎は赤くなりながら怒った。

「真面目に聞かなくていい! 聞き流すんだ」

 そこへ藤翁も

「まぁ、惚れてくれたおかげで、今でも『桜姫』のあの濡れ場は語り草だよ」

「へぇ。見たいわぁ」

 佐吉は純粋に思ってそう漏らした。
すると、嬉々としてお藤は夫に縋った。

「見たいよね? 兄さん、そろそろまた通しで掛けよ? ね?」

「え? やりたいのか?」

「だって、お互い実践積み重ねてるんだから、絶対前より濡れ場……」

 藤五郎は慌ててお藤の口を手でふさいだ。

「昼間から変な話をするな」
 
 その手を退け、お藤は科を作って笑いかけた。

「恥ずかしがらなくてもいいのに」

「わかった! そのうちやる。だからこの場は…… おい、真面目に見てるんじゃない!」

 真面目な顔で凝視している若者二人に藤五郎はまたも怒った。
しかし、二人は至極真面目に答えた。

「観察も稽古のうちです。な? 佐吉さん」

「そうです。特に濡れ場は芝居も実戦も経験乏しいんで観察が要ります」

 お藤から首に手を回された藤五郎は、悲鳴に似た声を上げた。

「今は稽古じゃない! いいから観るな!」





 ようやく落ち着き、佐吉と三太は自室へと戻ることになった。
そこへ、永之助ことお永が現れた。泣き腫らした眼が痛々しい彼女は佐吉が口を開く前に頭を下げた。

「佐吉兄さん。ごめんなさい! わたし、兄さんが嫌いなわけじゃありません、ただ……」

 声を聞き姿を見た。
真の姿が女の子だとはいう事がやはり信じられなかった。
 目の前にいるのは、どこからどう見ても男。

「もう忘れ。婿だの結婚だのそういう面倒な話はもうなしや。今まで通りの関係で行こ。な?」

 佐吉も面倒な事はあまり考えたくなかった。
お永との結婚生活を想像するより、永之助との芝居を考える方が魅力的だった。

「はい……」

 まだ表情が暗い永之助。
明るくさせる為、佐吉は考えた。
 
「あのな、永之助。俺の江戸弁まだまだやて。お父さんに言われた。せやから、これからも江戸弁指南頼めるか?」

 永之助の顔がぱっと明るくなった。

「任せてください!」

 それは佐吉の好きな笑顔だった。
 
作品名:月も朧に 作家名:喜世