息子たちの見る夢
「時間管理局」は、一般人のタイムマシンの搭乗を許可する唯一の公的機関だ。しかし、許可されることはめったにない。それでも搭乗申請は後を絶たない。
あるとき、時間管理局に、青年が結婚記念写真を携えてやって来た。
局員は、顔には出さないながらも、例によって「却下」と決めてかかって彼の話を聞いた。
「これは母の結婚記念写真です。母は未婚でぼくを産み、その後も結婚していません。しかし、母の隣にはちゃんと花婿が写っています。
ぼくは父と会ったことがありませんが、花婿がぼくによく似ていたので、写真の花婿が父だと思って成長してきました。
ところが、最近、ぼくの父と名乗る人物が現れました。DNA鑑定では、その人物とぼくは間違いなく親子でした。
しかし、その父と写真の花婿は似ても似つかない。花婿を父と思ってきただけに、DNA上の父にぴんときません。
写真の花婿は、一体だれなのか?成長するにつれ、ぼくはますます花婿に似てくる。とても他人とは思えない。
そして、ある日、発見したのです。花婿の額の傷跡を。ぼくにも、同じ場所に、子供のときに負った傷がある。
おかげで、ある想像が頭から離れません。写真の花婿はぼくなのだ、と。ぼくが、タイムマシンで過去に行き、何らかの事情で若き母と結婚記念写真を撮ったのだ、と。
ぼくは母に問いただしました。しかし、母は若年性の痴呆症が進行しており、もはや会話もできません。
ただ、毎日、幸福そうに結婚写真を撫でている。ぼくのことを虹を見上げるように見つめる。次第にぼくの想像は確信に変わっていきました。
女手一つでぼくを育ててくれた母です。母が、恍惚の中、唯一たどる思い出を、ぼくは守りたい。過去に行って、母の隣に花婿として写りたいのです」
青年の申請はすぐさま却下され、彼は帰らされた。たとえ彼が写真の花婿であったからといって、彼が過去に行って写真に写らなくても彼は産まれ、歴史にパラドックスは生じないからである。
時間管理局員は、上司への報告書に添付するため青年の結婚記念写真をコピーしていた。しばらくして覗いてみると、花嫁が一人、寂しげに写っていた。
窓の外では、青年が公園のベンチに腰かけ、うなだれている。
嘆くことはない。花婿の一人が消えても、優しい息子との年月を過ごした母が、幸福でないわけがないのだから。
局員は、仲たがいをしたまま、母と死別していた。
規律を破りタイムマシンで過去に戻れたら、と思わない日はない。しかし、公正で実直な局員の彼が、そうすることはないのだ。
「そういえば、幼い頃、『ぼく、大きくなったら、お母さんと結婚する』と言っていたっけ」
たどる思い出は、苦く、懐かしかった。
<おわり>