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ダンデライオンにおかえりを。

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 たんぽぽの花が風に揺れている。明るい黄色。まるで、光を撒き散らすように。

 街外れ。住宅街を抜けた先。建ち並ぶ家々がまばらになって、車の通りも人の足音も遠のいた辺り。散歩の途中。迷い込んだ先に、それは佇んでいた。
 雑草に掻き消された小道。錆び付いてもとの色もわからなくなっている郵便受け。その奥にはコンクリートの壁が所々崩れかかっている小さな建物。それから、骨格と数枚のガラスが残るばかりの 広い温室のようなもの。そこに広がる、鮮やかな黄。
 静かに。ただ、静かに。たんぽぽの花が咲いていた。
 そこは何かの、研究所の跡地。何十年というよりは、百年単位で時をやり過ごしたような、そんな憐れな残骸で。
 淋しいくらいに、静かな場所で。
 すっかり壊れたフェンスをすり抜けて、中に入り込んだことに理由なんてものはなく。私は別に、いたずら好きな子供じゃないから。
 ただ、何となく。呼ばれた気がして。あの黄色に。 日差しが暖かい五月のこと。足元を覆う雑草は、夏を迎えたら手も付けられないだろうと容易に想像ができるほどに生き生きとしていた。若草に混じる黄色い色彩は、進むにつれてだんだんと数を増していく。
 敷地の奥。崩れた温室の入り口で足を止めた私は、一面に咲き誇る花に思わずため息をついた。それは一枚の写真のように、綺麗で。綺麗で。
 風が吹いては、その一輪一輪をやさしく撫でていく。
 よく見ると、足元のたんぽぽはどれも在来種。どこから種が運ばれたのか、人の立ち入らないこの場所で静かに息づいている。
 長年の風雨に砕かれたはずのガラスは、誰が片付けたのか足元にはひとかけらも散らばってはいなかった。
 温室の跡には錆びた事務机が一つと埃にまみれた古い椅子。そこに、誰かが座っていたような気がして。何故だか懐かしい気持ちになって。何故だか、は、わからない。
 何となく開けてみた机の引き出しには、ボロボロのレコーダー。再生ボタンを押すと、埃の入り込んだスピーカーが精一杯の弱々しい音色を奏でた。 それは別れの曲だった。永遠に続く時を静かに終わらせるような、別れの。
 掠れて途切れ途切れの音色。壊れそうなくらい不安定なそれが、悲しかった。淋しかった。そして、暖かかった。
 お別れだよ、と。誰かの声が聞こえた気がして。耳を澄まして、風の音。気のせいかな、と一人で思う。