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還るべき場所・2/3

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8月17日 12:00




  「ごめんなさい。」

そう一言呟いてから、204号室のドアの横にある窓を割った。カシャンと軽い音がしたが、身構えていた程の大きさでは無かった。ボロアパートで良かった。あの夢が関係しているなら、つながりのあるこの部屋に何かヒントがあるはずだと思っていた。すぐそこで拾った木の棒をもって窓から強引に手を差し入れ、何とかサムターンを回した。少し脇の下を硝子で切ったらしく、ズキズキとした痛みと共に、Tシャツに少しだけ血が染みた。だが、そんなことはどうでもよかった。
 玄関に入りドアを閉めると、とたんに汗が止まらなくなった。まるでサウナのように暑く、ジメジメとしていた。結衣なら「うわ〜あっついね!」とでも言うだろうか。そう思いながら、少し微笑んでいた自分に気がついた。いけそうだ。
 
やはり、なんの変哲もない部屋に見えた。クローゼットが空な以外は…

 (仕方ないよな?)

 「ごめん。」

今度は結衣に謝った。そして罪悪感を振り切って、机の中を上から漁っていった。

正直、拍子抜けしてしまった。上の段はボールペンやら画鋲のケースやらホチキスなんかの文房具しか無く、スカスカだった。次の段はもっと……というかこれは?見たことがある。これ、あのお茶のペットボトルに付いてくるマスコットだ。他にも色々あった。少し前に紅茶についていた物や、100円のガシャポンの景品…さすがに笑ってしまった。ごめん結衣。3段目は大学のプリントが放り込んであった。僕も細かいプリントの扱いは似たようなものだったし、何も言えなかった。
 そして4段目、数冊の基本的な医学書と大学ノートが綺麗に並んでいる。その奥。分厚い本が2冊あった。1冊目の黒い本は、聖書だった。もしかしたら、今もあの近場の教会に通っていたのかもしれないと思った。ならきっと彼氏はいなかったろう。そして赤い2冊目は…日記だった。
これはさすがに…そうも思ったが、最近の部分だけでも見させてくれ、そう心の中で呟いてみた。

 8月11日
  暑い。今日は一日吹奏楽があったから、お茶3本も飲み干しちゃった。
  しかもコンビニで買ったお茶。450円。
  スーパーだったらシュークリーム一個買えたのに。
  そういえば、助教の小木が落としたペンを拾う振りして、
  先輩のスカート覗こうとしてた。最低。

 (おい、小木、バレてるぞ)

 8月12日
  暑いです!今日は練習は午後だけだったから、
  果穂ちゃんと一緒に午前中にスーパーにいった。
  昨日のこともあるし、卵もなかったし。ちゃんとお茶も用意したけど、
  ちゃんとシュークリームも買っちゃった。意味なし。
  でもいいこともあった。久しぶりに大沢君をみた。
  なんか友達と一緒みたいだったから声かけなかったけど…
  元気そうでよかった。

自然に涙がこぼれた。覚えててくれてた。僕の方は気付かなかったのに…覚えててくれてた。これはずるい。ギブアップだ。額を床につけてまた少し泣いた。

 8月13日
  今日は練習は無かったから、洋服を見に行こうと思ったのに、
  家を出た途端雨が降りだしちゃって引き返してきた。ついてないな。
  夜になったら何か寒気がしてきた。風邪ひいたかも。

 8月14日
  朝から熱がでた。今日は練習休もう。
  夕方、果穂ちゃんが来てくれた。うれしい。ありがとう果穂ちゃん。

 8月15日
  ダメだ。熱が上がってる。結構きつい。
  また果穂ちゃんが来てくれた。今おかゆを作ってくれてる。
  それだけで元気が出

ここで15日は終わっている。きっと今井さんに見つかったのだと思う。結衣の慌てる顔が目に浮かぶ。…今井さん、ほんとにいい子だと心から思った。僕からも後で礼を言おう。それで、滅多に食べられない美味しい寿司でもご馳走しよう。これが片付いたら。
さて、ここからだ……


 8月16日
  熱が相変わらず38.5℃。果穂ちゃんがいなかったらやばかったかも。
  お母さんが来てくれる。嬉しい。
 
  へんなゆめみた。ろうかにまっくろな子がいた。
  クローゼットでかくれてたら、
  大沢くんがたすけにきてくれた。
  わたしをろうかまでつれていってくれた。
  けどドアの前で女の子のくろいのがうつっちゃったみたい。
  大沢くんがにもつをつめて持ってきてくれた。ここで目がさめた。
  わたしわかっちゃった。おじいちゃんの言ったとおりになった。
  かほちゃんごめんね。いしを だめだもうじかんがない。


この先は破られていた……






8月17日 16:00




 混乱が収まらない。
 (どういうことだ?同じ夢?わかったって何が?おじいちゃんが何て?時間がないってどうゆうことだ?石?訳がわからない!!!!)
同じ言葉が頭の中をグルグルと回っていた。使えない頭にイライラする。頭をかきむしっても、床を殴ってみても回るだけでいつまでたっても何も変わらない。
くそっとにかく冷静にならなければ…目をつむって10まで数えることにした。10になるまで絶対に何も考えない。そして10になったら頭はスッキリする。そう言い聞かせた。

「…1……2……3……4……5……6……7……8……9…………10」

よし。珍しく僕の頭が言う事を聞いてくれたようだ。

 夢の話から急に文字が汚くなっている。文脈が簡単だし、漢字がすくないことからたぶん相当焦っていたんだと予想できる。時間がないとも書かれている。これは間違いない。これが書かれたのは結衣が起きてから、今井さんが起こされるまでの間?
…いや違う。信じられないけど…わかってきた…

もし結衣がこの夜以前からペスト敗血症だったのなら、38℃で済むだろうか?それに普通の風邪じゃないと気づくはずだ。机のなかには医学書もあった。結衣は頭がいい。それにギリギリまで一緒にいた今井さんは痣や皮膚の変色のことなど何も言っていなかった。それにもしそれらがあったとしたら、気づいていて言わなかった訳が無い。あんなによくしてくれた今井さんなら、絶対に病院に連れて行く。つまりは、結衣が眠ってからあの痣が出来た…
 
じゃあ、眠っている時、一体何が起きた?あの夢だ…結衣が夢を見ていたとしたら、今井さんを信じるなら1時から3時20分までの間だ。僕が中谷さんの電話で起こされた4時10分頃とは少しだけ開きがあった。普通夢は目覚める寸前に見ていたものしか記憶に残らないと聞いたことがある。やはり50分、ギャップがある。

しかし、あれだけ強烈な夢だ。僕が夢を見たあと、50分間覚えていても不思議ではないかもしれない。きっと同じ夢をみた。
僕の夢では玄関だけをみて、無事に少女を通り抜けたはずだった。でも結衣は…僕に引きずられて玄関を出た結衣は……最後まで少女を見ていて……

―――――黒い霧が自分に移ってくるのを見たんだ…

 冷たい汗が流れた。しかし、もう一つこの部屋で確かめたいことできた。僕は恐る恐る玄関に向かった。そして玄関の少し手前で4つんばいになると、床を注意深く観察した。



あった。
作品名:還るべき場所・2/3 作家名:TERA