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現代異景【プレ版】

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鮎川颯太の場合


『嫌な実家』

■ □ ■ □ ■

 僕の実家って、正直凄い田舎なんですよ。東京まで中央線で一本なんですけど、でも山梨に食い込んでるぐらいの位置で。山の裾野に広がる集落みたいなところで、洒落にならないぐらい雰囲気が暗いんです。寂れたっていうか、廃れたっていうか、とにかくそういう雰囲気が漂ってるんですよ。別に何か古めかしい因習があるとか、そこまでじゃないんですけど、中途半端な田舎って感じ──わかりますかね? 変に建物とかあって、でも全部昭和臭い感じ。駅なんかもすっごい古いんです。
 その古臭い街にずっと住んでたんですけど、会社への通勤もいい加減しんどくなってきて、親からもいつまで実家に居座るつもりなんだみたいなこと言われ始めたんで、一人暮らしすることにしたんですよ。まあ同じ中央線沿線にしたって、せめて都内で暮らす方が色々便利だっていうのは僕も承知してましたし。会社に行くのが楽になるって考えると、良いこと尽くめだなって。結構気楽に考えてましたね。そのときは何で両親がやけに一人暮らしを勧めてくるんだろうとか、全然考えませんでした。どこの家でも社会人になった息子に対する扱いなんてこの程度だろうって思ってましたね。
 別に広い家に住みたいわけでもないし、とにかく家賃の安いところ、なるべくなら駅に近いところを探して、適当に選んだ部屋にすぐ決めちゃいました。いちいち内見とか何軒も回って、いい物件を選ぼうとかいう気はさらさらなかったですね。
 基本的に僕、家っていう場所にあんまり思い入れとかないんですよ。よく自分の家が一番落ち着くとか言いますけど、僕の場合、子供の頃からそういう感覚はほとんどなかったですね──むしろ自分の家も、自分の住んでる街も、妙に陰気で落ち着かないって思ってました。特に家の中、両親の寝室と姉貴の部屋があった二階は近付くだけでも空気が重くて、背筋がザワザワする感じがして、できるだけ居間にいるようにしてたぐらいで。何があったってわけでもなくて、本当にただ雰囲気が重苦しいとか、それだけだったんですけどね。幽霊とか見たわけでもないし。
 まあそんなわけで、電車通勤が楽になるぐらいの感じで一人暮らしを始めて、まあそれなりに楽しかったりしんどかったり色々ありました。
 けど──家を出た途端、一気に家族とは疎遠になりましたね。
 電話しても繋がらないことが多いし、留守電入れても全然かけ直してこない。両親とも携帯は持ってましたしメアドなんかも知ってましたけど、それこそメールの返信なんて一回もなかったですよ。機械音痴ってわけでもないはずなのに。
 いざ電話で話しても何だか向こうが変にそわそわしてて、早く話切り上げてくれないかなぁみたいな空気出してくるんで、正直少し腹は立ちましたね。それもあってますます疎遠になって、年末年始も簡単な挨拶だけで済ませて帰省はしないっていう感じで何年か過ごしました。別に寂しくはなかったですね。むしろ清々するっていうか、いちいち休暇とったりしないで済む分気楽だなあぐらいに考えてましたよ。
 それでも、どうしても帰らなくちゃいけない用事もある。さっき少しだけ話しましたけど、僕、姉貴がいるんです。その姉貴が昔っから体が弱くて、しょっちゅう倒れては寝込んでを繰り返してたんです。家族からしたらもう慣れっこなんですけど、そのときはちょっと緊急みたいだから帰って来いって話で、僕もさすがにわがまま言える状況でもないんで──慌てて着替えだの何だの準備して、実家に帰ったんです。
 駅に降りた瞬間から、空気の重さが不快でした。
 黒ずんだ街並みも、妙な人気の少なさも、何もかも変わってない。むしろ時間が経ったぶん悪化してる。商店街なんか軒並みシャッター街になってて、放置されたまんまのマネキンとかが硝子越しにジッ──とこっちを見てるんです。錆びた自転車が何台も道端に放置されてたり、歩道に灰皿が倒れて中身が散乱してたり、とにかくひどい有様でした。
 駅近に大きめのスーパーがあるんですけど、レジに並んでるパートのおばさんがみんな、葬式か何かで受付してるみたいな顔してるんですよ? じっと黙って俯いて、たまに客が並ぶとぼそぼそ喋って金勘定するんですよ。あり得ないでしょ? でもそのあり得ないのが、子供の頃からずっと続いてる景色なんですよ。僕が住んでた街は、昔っからそんな風だったんです。流石に子供の頃はもう少しマシでしたけど、でも根っこの部分は変わってない。
 陰気で、薄暗くて、落ち着かない。
 お見舞いに姉貴の好きな梨を買って、逃げるようにスーパーから出ました。実家までの道を正直忘れかけてたんで、何回か道に迷いながらも三十分近く歩いて、ようやく着いたんですけど──もう、着いた時点でこれはおかしい、変だって思いましたよ。僕はこんな異常な家に住んでたのか、それで何とも思わなかったのかって。
 どこがどうっていうわけじゃない。
 狭いながらも庭付きの一戸建て。外壁は塗装し直して綺麗になってましたし、窓硝子なんかも掃除が行き届いてて凄いピカピカです。
 でも、明らかにおかしい。
 家の周りだけ空気が重い。明らかに近付く人を拒否してる。ぱっと見だとわからないような、遠近とか角度とか、そういうものがちょっとずつ狂っているような気がする。陽の光が当たってるのに薄暗いんです。ゴミなんてどこにもないのに生臭いし──本当、最初はここが実家だって認めたくないぐらいでしたよ。実は別の家でした、勘違いでしたって。そうだったらどれだけ良かったか。申し訳ないけど姉貴のことは放っておこう、うちには息子なんていなかったことにしてもらおうって、真剣に考えましたから。それぐらい異常でした。それぐらい、近付きがたい家になってました。
 チャイムを鳴らそうかどうか、玄関先で真剣に悩みましたね。
 ここで帰るべきだって思いました。関わっても良いことなんか一つもないって。
 でも、両親はともかく、姉貴には結構良くしてもらってたんです。仲良しの姉弟だって評判になるぐらいで、僕は進路のことまで親じゃなくて姉に相談するぐらいでしたから、ここで見捨てるわけにはいかないって思ったんですね。
 ──とりあえず、挨拶だけしよう。
 ──姉ちゃんの見舞いだけして、すぐ帰ればいい。
 親とは仲が悪いわけじゃないですけど、電話の件とか色々、正直関わりたくないって気持ちの方が強かったです。
 チャイムを押して、一、二分待ったところで、知らない女の人が玄関を開けて出てきました──本当に、最初は誰なんだこの老けたおばさんはって思いましたからね。
「……お帰り。久し振りだね」
 ──母さん。
 別人だ──って思いましたね。
 こんな白髪交じりじゃなかった。シワだらけで、くたびれ果てた表情の人じゃなかった。どうにも活力のない顔付きで、こっちを探るような目付きでちらちら見てくるような人じゃなかった。
 何が起きたって思いましたね。正直凄い気持ち悪かったですよ。人間がたった数年会わないだけでこんなに変わるのか。質の悪い宗教にでもハマったんじゃないか? 聞きたいけど聞けなくて、促されるまま嫌々家の中に入りました。
作品名:現代異景【プレ版】 作家名:名寄椋司