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還るべき場所・1/3

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2012年 夏




 ゲートから、つい30分前に僕らがいたイタリアの空が見えた。
僕らは、ミラノ・マルペンサ国際空港にいた。4年の夏休みを利用して、3泊4日の卒業旅行としてやってきたのだった。計画当初、海外に行こうと言いだしたのは柳田と佐藤の方だった。彼らは最初、韓国に行きたがっていたが、僕と果穂は2人とは違い、ここしか考えられなかった。だが、ここへ来るとなると、韓国の3倍は金がかかる。当然しばらく困った様子の彼らだったが、僕と果穂があまりにも真面目に頼み込んだ為に、結局折れてくれた。きっと、その理由をなんとなく察してくれたのだろう。彼らは実はグッチが好きだとか、地中海に憧れていたんだとか、本場のピッツァも悪くないだとか言って、僕と果穂よりも楽しそうに、ミラノへ行こうと言ってくれた。嘘つきめ。佐藤には悪いが、抜けている。ベネツィアじゃないんだ、ミラノが地中海からどれだけ離れていると思っている…気のいい彼らに、心から感謝した。それが1年前だった。

僕らはマルペンサ・バスエキスプレスに乗って、とりあえずミラノの中央駅を目指した。バスの中から見たミラノの町並みは、日本とは別世界のように美しかった。さすがはデザインの街ミラノ。モダン・インテリアの発祥地だそうだが、イタリアの伝統的な作りの建物も多く、僕はそちらのほうが好みだと思った。人ごみの溢れる中央駅に着いた僕らは、とにかくこの大きなキャリーケースを手放したくて、ミラノの中央駅から約300mの割安のホテル「ソペルガ」にチェックインした。柳田と佐藤は相変わらず、尊敬してしまうほどアクティブで、観光ガイドを持ちながら通りを歩きに行ってしまった。思えばこの旅行の計画も殆ど任せっきりにしてしまった。他に調べておかなければいけないことがあった為だったが、悪かったかな、そう思った。
僕は部屋に残って、硬いベッドに寝そべり2年前を思い出していた。そこへ果穂がやってきた。
 「結局、わからなかったもんね…」
 「仕方ない。資料もないし、4世紀近くも前だ。」
 「…うん。」
 「せっかくのミラノ旅行だ。楽しもう。」
僕はそう言って笑顔を作り、考えるのをやめた。
日が傾き始めたころ、僕らは、熱気の溢れる街に繰りだしてビアガーデンでたらふく飲んだ。ふらっと立ち上がった柳田が日本語で店員をナンパしていたことに笑いが止まらなかった。
 
2日目と3日目で有名どころは殆どすべて巡った。ガラス天井の美しいアーケードで有名なガッレリアで土産物を探したり、モダンな雰囲気のモンテ・ナポレオーネ通りで、ブランドショップを巡った。完全に冷やかしだったからブロンドでスーツの決まった店員さんの視線が痛かった。それから、サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会にももちろん行った。あのダ・ヴィンチの「最後の晩餐」が描かれている教会だ。2週間前、見学の予約が取れて本当によかった。荘厳としか言い表せないが、絵も教会も美しかった。それにドゥオーモも500年の歴史が感じられる壮大なスケールであった。ガイドにはバロック調が何とかと書いてあったが、まさにバロック、これでもかと装飾が施されていた。確かに美しい。だが結局は一生に一度は見てみたい美しいところ、という感想しかなかった。

本当に行きたかった教会はここではない。
果穂も同じことを考えていそうな表情だった。

旅行の時間はあっという間にすぎて行った。特に、3日目はお土産探しに丸一日使ってしまった。

最終日、僕と果穂のたっての希望で、3時の飛行機のチェックインまでに、ある場所に行かせてもらった。マッジョーレ湖からポー河へと流れるティチーナ川だ。悠々と流れる大河にしばし黄昏ていた。

果穂が言った。
 「この川だよね?」
僕はただ頷いた。
 「サーラとカルロさん…2人は還れたかな?」
心地よい風が吹いている。果穂の手を握った。
 「きっと大丈夫だよ。」

(結衣…彼女はまだあの場所にいるだろう。そしてこちら側のどこかにも…)





2010年

8月12日 14:00




 今年の夏は、特に暑いらしい。今日も朝のニュースで猛暑日になると言っていた。やっぱり当たってしまった。
 「大沢ぁ〜!!」
 「なんだよ!!」
 「きちゃった…」
 (――――…マジかよ。どれだけついてるんだあいつは…)
もう昼過ぎだというのに、佐藤が30cmオーバーのバスを釣り上げた。彼は僕に見せびらかす為に、釣り上げたバスをゆらゆらさせながら、嬉しそうな顔で草むらを駆け寄ってきた。佐藤はわざと腹の立ちそうな顔をしながら言った。
 「じゃっ、晩飯はよろしく!」
そういう賭けだった、というか強引にそういうことにされてしまっていた。
 「わかってるよ。ていうか腹も減ったし、暑くて限界。遅いけど昼にしよう。」
持ってきていたダンボールを木陰に敷いて、午前中にスーパーで買っておいた弁当とジュースをクーラーボックスから出した。佐藤は同じ電子工学部の仲の良い友人で、僕はインドア派、佐藤はなんでも有り派という感じだ。今大学は夏休み中で、お互いのバイトの休みが合えば遊ぶことが多かった。今朝はショッピングに行こうと誘われたはずだったが、それはスーパーまでで、連れてこられたのがこの沼、というわけだ。だが、虫や蛙の泣き声を聞きながら、青々とした木の葉や木漏れ日を見ていると、こういうのも悪くないと思った。

全てが過去の話になった2012年の今、この日から16日までのダラダラとしたバイト生活が憎らしい。
16日に異変に気づくまで、僕は一体何をしていたというのだ…




8月16日 未明




 眩しい白いフラッシュを見た気がした。僕のいるそこはヨーロッパ調の装飾の施された美しいホテルの廊下だった。僕の部屋に面した長い廊下にはいかにも高級そうな赤いカーペットが敷かれている。壁にはアンティークのブラケットが規則的に配置され、優しい光を放っていた。その廊下は緩やかなカーブを描いていたが、僕の部屋の入り口からは先が見えないほど長かった。
知り合いの中谷結衣の部屋は隣だった。

夜、突如隣の部屋から女性の悲鳴が響いた。結衣だ。そう思った僕は部屋を飛び出し、彼女の部屋のドアを開けた。違和感。そこはまるで安アパートの1室の様に古めかしく、1Kの間取りであった。廊下と比べて明らかに異質だ。玄関を入ると、左側に錆びの浮かんだステンレスキッチンのついた短い廊下があり、その先にベッドが1つ置かれた部屋があった。部屋の照明は点いていたが、かなり薄暗い。そして重苦しい空気。
 
僕は入口正面の奥に、扉の代わりに厚手のカーテンの掛かった珍しいクローゼットを見つけた。何故か僕はそこに彼女がいることを知っていたようだ。何の疑問もなくそこを覗き込んだ。1番に目に入ってきたのはクローゼット内の右壁面にある窓だった。窓は閉まっていたが、外の暗闇が見えた。

 (なぜこんな所に窓が?)

彼女はその窓の左下、つまりクローゼットの右奥の隅で、膝を抱えて怯えていた。そして放心状態のまま対角上方の隅を指差し、こう呟いた。

 「‥齧歯類がいる…」
作品名:還るべき場所・1/3 作家名:TERA