望み行く明日
あと、一時間か。管理だから、どうもスケジュールも細かい。もっとも、俺はそのとおりには動かないだろうけどな。
「俺には、大切なことがあるんだ」
荷物が入ってるカバンを漁る。
「こいつだ!」
携帯ゲーム機を取り出す。
「今、一人旅縛りプレイやってて、なかなかハマってるんだよね」
電源を入れる。
が、つかない。
なぜだ?
どことなく、ハードが軽いな?
もしやと思い、背面カバーを開く。
ない。ないのだ。バッテリーが……。
「しくしく……」
どんなミスだよこれ……。
19時になって、俺は受付に向かった。まず、どこで飯を食うかすら知らなかった。
食卓に並んだのは、俺と少女と田村お姉さんとおっさん。
「他にも、人はいるんだけど、彼らとは今日だけ、時間をずらして食べることにしたわ。明日、自己紹介にしましょう」
ということで、この面子らしい。
「他には何人、ここにお世話になってるんですか?」
「3人だ。男が1人に、女が2人だ」
「そうなんすか」
「まあ、今はいない奴のことなんて気にしないで飯でも食おう」
「いただきます」
「「いただきます」」
田村お姉さんの挨拶に俺とおっさんが答える。
「……」
少女だけは相変わらず無口だった。
それでも、飯は食べてた。
「とりあえずだ」
それを見かねたおっさんが話題を提供する。
「ここにいる連中だけでも改めて自己紹介でもしようじゃないか」
「確かに、ちゃんとした自己紹介はしてませんでしたね」
「そういうことでいいか?」
おっさんが少女に確認をとる。少女は小さく頷いた。
「まず、俺からな。俺は山田剛だ」
おっさんに似合うシンプルな名前だった。
「強そうな名前だな。おっさん」
口では頭とは別のことを言っとく。
「趣味は将棋だ」
「意外ですね」
田村お姉さんが素直に驚く。
「なんだかんだでアマ4段なんだぜ」
おっさんとは将棋を指すのはよしておこう。そう決意する俺であった。
「じゃあ、次は私ですね」
田村お姉さんが自己紹介をはじめる。
「私は田村恵美。趣味は読書とインターネットです」
なんというか……、誤解を招きそうな自己紹介だ。まるで、昔の就活生を見ているかのようだ。
「読書なのか? 何をお読みになって?」
おっさんが中途半端な敬語を混ぜて聞く。
「えぇと、ライトノベルっていう若者向けの本です」
「あれはサクッと読めるからいいですよね」
俺は相槌をてきとうに打つ。俺も時々、ちゃちゃっと読んでるしな。
「インターネットでは何を見ているんですか?」
「……ニュースのまとめですね」
ああ……、この人、実は残念な人なのか……。
「ごほん。では、俺が自己紹介をしよう」
無駄に胸を張る俺。
「俺は坂上幸季。坂の上の幸せな季節で、坂上幸季って書く」
「なんか偉そうだな」
おっさんがぼそっと呟いた。
「まあ、俺という人間の性質ですわな」
これは嘘だ。
実際、薬でテンションが高いのだ。
副作用からか知らんが、手が小刻みに震える。まあ、日常生活には支障はない。
「趣味はゲームです。もちろん、テレビゲームです」
我ながら一番低俗だと思う。
「運動とかしないのか?」
おっさんに聞かれた。
「まあ、昔はこれでもしていたんですけどね」
親がいないとなると、なかなか運動を続けるのは難しいのだ。
肉体的にはでなく、精神的に、社会的に。
「めんどくさくなっちゃって」
けれども、こういうことにしておく。
「それじゃあ、最後に、いいか?」
おっさんが少女に聞く。
少女は顔を上げて、俺達の顔を一瞥すると小さな声で言った。
「観月明日香……」
「え?」
「観月明日香」
「ああ、うん」
「……以上」
「……はい」
レベル8なだけあって、少女は、観月明日香はなかなか非社交的だった。
その日は、他に特にいうことはなかった。強いていうなら、風呂が部屋にあることは驚いた。それぐらい。